この問題はもう10年以上にわたって議論が続いていますが、学問的な論争は意外に行なわれていません。本格的な論争をまとめた記録としては『失われた10年の真因は何か』ぐらいですが、これはもう7年前の本で、理論もデータもかなり変化しています。ここでは最近の議論を少し紹介し、討論の素材を提供したいと思います。
専門家の間で意見が戦わされた最近のケースは、浜田宏一氏と深尾光洋氏の往復書簡ぐらいなので、その一部を引用します。まず浜田氏の日銀総裁への「公開書簡」についての深尾氏のコメント:
先生と勝間氏との本の公開レターなどを拝読しましたが、この運動には賛同できません。理由は以下のとおり:[・・・]勝間氏の呼びかけに書かれている「デフレも円高も政府と日銀が協調すればたちどころに終わらせることが出来ます。要するにモノに対してお金の量が不足しているわけですから、お金を刷って効率的に分配すればいいのです。ところが、マスコミがこのことをちゃんと伝えないのです」は間違っています。量的緩和は多少効果があるとは思いますが、たちどころにデフレを終わらせることができるというのは間違いです。
これに対する浜田氏の反論:
金融緩和が長期国債、そしてCP(コマーシャルペーパー)やより広い民間債、場合によっては株式の購入をも含む広義の買いオペでなければならないことを、同書では繰り返し述べてきた〔浜田、勝間、若田部著23~26頁、40~42頁等〕。そして、さらに一歩進んで、直接外貨市場に介入することで、為替レート、実質為替レートを通じてデフレ解消、不況解消に役立つことも述べている。このようなチャンネルを国際金融の優れた教科書を書いた深尾氏が知らないはずはないし、拙著の説明を読み落とされたのは不思議でならない。
深尾氏の再反論:
政府と日本銀行が協力して数十兆円規模の大量の円売りドル買い介入を行いつつマネタリー・ベースを供給すれば、大幅な円安にすることは可能かもしれない。しかし円ドル為替相場は日本の判断だけで動かすことはできず、米国政府の了解、少なくとも暗黙の承認が必要となる。[・・・]現時点では、欧米経済は世界金融危機の影響が強く残っているため円安誘導を行えば、世界的な批難を浴びる状況にある。このため、円安誘導による景気刺激は困難だ。
経済が危機的状況に陥って、株価・地価が暴落しているような状況であれば、日銀が株式市場や不動産市場に介入する必要がある。筆者自身、『日本破綻』(講談社現代新書、2001年)では、危機的な状況においてTOPIX先物やTOPIX連動の投資信託、不動産投資信託(REIT)の大量購入を提言した。このオペは、短期的な株価・地価の下落を食い止め、市場参加者の期待を安定させる。しかし一般物価の押し上げ効果については不確実だ。期待の改善だけで企業収益や給与が継続的に上昇するかどうかは明らかではないからだ。
このように基本的な事実認識は、専門家の間ではそれほど大きくは違っていません。「デフレも円高も政府と日銀が協調すればたちどころに終わらせることができる」といった極論を流す人々が問題を混乱させているのであり、日銀が金融緩和することが望ましいという点では両者の意見は一致しています。
ただ、ここから一歩進んで、日銀法を改正して(罰則つきの)インフレ・ターゲティングを設定すべきかどうか、あるいは「雇用の最大化」を日銀の目的とすべきか、といった問題については意見がわかれるでしょう。マクロ経済学あるいは金融の専門家の投稿をお待ちしています。投稿規定はこちら。