各国が目標とするインフレ率「2%」の意味 --- 岡本 裕明

アゴラ

日本もアメリカも2%のインフレ率を目指して必死に金融による調整でその達成を試みています。ではその2%の意味合いを十分に検討したことはあるのでしょうか? 私たちはなんとなく2%という数字が心地よいと思っていないでしょうか?

先ず、インフレ率はプラスかマイナスかといえば経済学的にはプラスが良いことは言うまでもありません。理由はマイナス、つまり、デフレ状態であれば経済規模はドンドン小さくなり、その規模が縮小されることで国家の体を維持するのが難しくなる可能性があるからです。


わかりやすい例えを出しましょう。

誰でも会社に勤めていたら4月には昇給を期待します。その昇給はいわゆるベア(ベースアップ)と定期昇給の二つの組み合わせとなりますが、ベアとは会社の生産性向上(=利益向上)ないしインフレに応じて社員均等に上がる部分、定期昇給はその人個人の仕事の能率やレベルがアップしたことに対して払われる評価であります。多くの社員が会社に何年も何十年も勤めるその理由の一つは長期コミットすることで報われているという認識と評価があるからです。それがベアという日本独自の会社を通じた運命共同体としての昇給でもあります。これは会社と共に歩む「成長」と考えてもよく、時間と共に一定の増額が期待できる一種のインフレとも解釈できるのです。

似たような現象は金利でも言えます。金利とはお金の貸し借りを通じて時間軸をベースにお金を生むことであります。あなたが友達に10万円を1年間貸すとすれば1年後になにがしかの利息を求めるでしょう。それは借りた方はそのお金を資本として何かを生むレバレッジを効かせ、もっと儲けることができるかもしれないからです。金利の概念がないのは私が知る限り、イスラムと坊主の世界だけで、一般にはお金は時間がたつと付加価値を生む、と考えられています。

では実際はどうなのでしょう?

ベアは安倍首相が2014年春、経済団体の背中をを必死に押しまくり、どうにか2%という賃金上昇をみましたが、これは今までベアゼロという状態が続いたという裏返しでもあります。それはデフレにより売り上げが下がり、会社の生産性が下がり、利益率が低下することで社員にベアを通じて報いることができなかったということです。

金利はどうでしょうか? 普通預金や定期預金の金利を今や期待している庶民はいません。銀行の振込み手数料にもならない今、金利で生活するという一昔前の話を完全に打ち消しています。

つまり、世の中がお金と時間軸に対する期待度が下がっているためにお金がお金を生みにくくなっている、あるいは労働を長く続けても現状維持が精いっぱいという事になっています。私の考える理由は主に四つ。一つは成熟国家に於ける需給バランスの悪化。次にグローバリゼーションによる競争の激化。三点目はコンピューターの進化により新しいアイディアが瞬く間に真似され、開発者利益が取りにくくなっていること、そして四点目に私は金融緩和の影響としておきましょう。

金融緩和とはお金を借りやすくすること、あるいは貯めても増えないという発想からお金を使わせることで経済を活性化させようとするものです。ところが金融緩和をすると金利が下がるのは目先の短期金利だけでなく、長期も下がる傾向にあります。日本の10年物の国債はわずか0.34%という時代です。これは10年コミットしても利率0.34%しかならず、時間軸に対する成長を否定しているとも言えます。つまり、今使わなくても大丈夫というアージェンシーを出せなくなっているのです。

言い換えれば安いから買わそうとしているのが今の金融緩和ですが、本当は値上がりするから早く買えとした方が手っ取り早い消費の喚起にはなるはずです。それはハイパーインフレの国家の実生活がそうだったことが裏付けています。

今、アメリカでは金利を上げるかどうかの瀬戸際にきています。上げるためのジャスティフィケーションは二つで一つは雇用の改善、もう一つはインフレであります。雇用に関しては2008年のリーマン・ショックからの回復という明白な設定ラインがありますが、インフレに関しては以前2~3%という目標があったものの今や3%のインフレ目標を持つ先進国はないでしょう。明らかに中央銀行のインフレ目標も下がってきています。

一方で2%は成熟国経済が健全に成長し、国家が体を成すためには死守したいレベルでしょう。これを下回ればディスインフレ、マイナスになればデフレであります。では主要国でその目標を達している国は、といえば今はありません。つまり、各国の中央銀行は達成困難な目標を設定し続けているとも言えるのであります。

黒田日銀総裁が金融の量的緩和を二度にわたって行っています。来年4月までに2%のインフレを達成できると自信をもって見せつけたからであります。現状は悲惨であります。今、再びインフレ率は低下しつつあるのです。場合によっては消費税引き上げ分を除けば1%にも達成しないかもしれないのであります。

そんなバカなことはないだろう、円安でモノの値段は上がっている、と。確かにそうなのですが、インフレ率を計算する仕組みはバスケット方式ですから皆さんが普段買わないようなものの値段もそこに入っています。だから統計と実態に乖離が生じているのです。但し、2015年はインフレになるかもしれません。理由は円安で本当にモノの値段が上がってくるから急いで買わないといけないという消費者行動が起きかねない状態にあるからです。但し、食品のような賞味期限があるものは保存できないという点で消費者の抵抗には限界がありますが。

2%のインフレを達成させる意味について一部の学者は疑問を呈し始めています。私は成熟経済における国家成長の尺度に2%というインフレ率の尺度が正しいのか、という気がし始めています。幸福率とか教育指数、家庭の安定率など今までない指数を捉えることにも意味が出てきている気がします。

経済学はその点において遅れている学問であります。また経済を語るにおいて心理、行動など関連学問との連立方程式が今後ますます重要になってくるはずです。2%の縛りを見るたびにふと「これってなんだったっけ」と思う今日この頃です。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年12月18日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。