地獄への道は善意で舗装されている - 池田信夫

池田 信夫

たしかに2種類の上限金利があるとき、低いほうが正しいという判決が出るリスクはあります。それをヘッジしなかった消費者金融業者がバカだともいえるでしょう。残念ながら今となっては、どちらの金利が「正しい」のかを論じることは意味がありません。問題は、いま起こっている混乱をどうすれば収拾できるかということです。


貸金業法の問題がサンクコストだという池尾さんに意見には異論があります。たしかに消費者金融業にとってはもう終わった話ですが、このように法解釈が事後的に変遷し、結果的に法律の想定している以上の「保護」が行なわれるケースは、他にもたくさんあるからです。借地借家法も労働基準法も、法律では契約自由の原則になっているのに、判例によって店子や労働者を過剰保護する解釈が確立し、結果的に借家の供給や雇用を収縮させてきました。

池尾・池田本でも議論したことですが、こういう判断は事後的には正しいことが多い。かわいそうな店子や労働者を救済する一方、たくさんもうけた業者からいくらか金を取ることが個別には望ましいかもしれない。しかしこのような「ホールドアップ問題」が存在することを企業が事前に知ると、住宅供給や労働需要を減らす過少投資が起こります。

これは釈迦に説法だけど、ファイナンスの分野でおなじみの問題です。過少投資をいかに減らすかが制度設計の重要なテーマで、そのもっとも基本的な条件は契約が立証可能であることです。契約を履行してから、事後的に「あのときは契約にサインしたが、あれは『実質的な強制』によるものだから無効だ」といった再交渉が頻発すると、過少投資によって大きな信用収縮が発生します。いま消費者金融で起こっているのは典型的なホールドアップ問題であり、その原因は契約の立証可能性が低いことです。まさに池尾さんのおっしゃるように、リーガルリスクが消費者金融業を破壊しているのです。


消費者金融に限れば、このリスクは貸金業法が改正されれば減るでしょう。しかしこれによって日本の司法は事後的に温情的な判決を出して実質的に法を改正する(そして立法が後追いする)という評判ができると、他の問題にも影響が出ます(企業買収でもその兆候がある)。特に海外からの日本への投資は減るでしょう。世界の投資家に影響の大きいEconomist誌は、sarakinをめぐる混乱について冷笑的な記事を書き、上のような図を掲げました。その元編集長ビル・エモット氏は、この改正で喜ぶのは闇金融(gangsters)だろうと書いています:

This new policy against the consumer-finance companies will make things worse. By limiting borrowing, it will make it harder for poor households to buy things. Consumption will be depressed. The only people who will be helped will be the gangsters. The road to Hell, remember, is paved with good intentions.

この種の制度設計がきわめてむずかしい問題だということは、私も理解しています。しかし政治家にも官僚にもメディアにも、事後の正義だけを誇張して事前のインセンティブをそぐバイアスが強いので、せめて経済学者が過少投資のリスクを警告してバランスをとらないと、金融業界のみならず日本経済全体が収縮します。少なくとも、不況の最中に信用収縮を加速するような法の施行を急ぐ必要はないと思います。

コメント

  1. brandywine4545 より:

    先生のブログとともに、こちらも興味深く拝読させていただいております。

    > 借地借家法も労働基準法も、法律では契約自由の原則になっているのに、判例によって店子や労働者を過剰保護する解釈が確立し、結果的に借家の供給や雇用を収縮させてきました。

    についてですが、判例が「過剰」保護の解釈を確立し、雇用等と「収縮させて」きたかどうかについては評価の問題ですので措くとして、その前提となっている「法律では契約自由の原則になっている」というのは誤りかと思います。

    一般法である「民法」の雇用契約、賃貸借契約の規定が契約自由の原則に立脚しているのに対し、契約当事者の交渉力等の格差に鑑みて、特別法たる「借地借家法」や労働諸法ではこの原則が修正されています(いわゆる社会立法。利息制限法にも同じ発想が根底にあります)。したがって、裁判所の解釈以前にすでに法律のレベルで「契約自由」は制限されているということになるかと思います。