メルケル独首相が日本を訪問した際、「歴史問題の解決は不可欠だ」といった内容の発言をしたとして、日本メディアの一部や韓国メディアは一斉に、「メルケル首相、日本政府に過去問題の解決を要求」と大きく報道した。特に、10日、メルケル首相と会談した野党民主党の岡田克也代表はその直後の記者会見で、「メルケル首相は日韓両国の和解を要求した」と報告したが、ドイツ外務省から、「首相は日本の歴史問題について何も言及していない」として、民主党側の発表内容を一蹴した。
ドイツの政情を少し理解すれば、メルケル首相が日韓両国の歴史問題まで首を突っ込んだり、それに助言できる余裕はないことが分かるはずだ。例えば、ドイツは今、ギリシアのチプラス政権からナチス・ドイツ時代の戦時賠償問題を突きつけられ、その対応に腐心している。だから、極東アジアの日韓両国の歴史問題まで考える余裕は本来ない。メルケル首相が他国の歴史問題に干渉すれば、「ドイツはどうなのか」と反発が必ず飛び出すだろうからだ。
ギリシャのチプラス政権は狡猾だ。ギリシャ国民は欧州連合(EU)から強要される節約政策に少々辟易している。国民の中には、EUの盟主ドイツのメルケル首相を“女性ヒトラー”と誹謗する者も出てきた。そこで、ギリシャ急進左派主導政権が見つけた対独交渉の武器は第2次世界大戦時の戦時賠償問題だ。
独週刊誌シュピーゲル電子版12日によると、ギリシャ国防省はドイツ・ナチスのギリシャ占領、それに伴う蛮行や被害について学校教育で子供たちにもっと詳細に教えるべきだと主張し、ニコス・パラスケヴォポウルス法相にいたっては、「国内のドイツの資産を凍結すべきだ」と過激な発言までしている。
国防省のイニシャチブを受け、ナチス軍の犠牲となった国民の間から賠償を履行していないドイツ政府を批判する声が高まってきた。その一方、「政府がナチス問題を武器にドイツ政府を攻撃すれば、国内の反ドイツ気運を一層高め、EUの統合プロセスを脅かす」と慎重な対応を求める声も少数だか聞かれる。
日本は戦後、サンフランシスコ平和条約に基づいて戦後賠償問題は2カ国間の国家補償を実施して完了済みだ。一方、第1次、第2次の2つの世界大戦の敗戦国となったドイツの場合、国家補償ではなく、ナチス軍の被害者に対する個別補償が中心に実施されてきた。ギリシャでドイツに対して戦後賠償を要求する声が依然強いのはそのためだろう。
実例を挙げよう。独ヨアヒム・ガウク大統領は昨年3月7日、第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍が民間人を虐殺したギリシャ北西部のリギアデス村(Ligiades)の慰霊碑を訪問し、ドイツ軍の蛮行に謝罪を表明した。ナチス・ドイツ軍は1943年10月3日、ギリシャのレジスタンスによって2日前独軍士官が殺害された報復として、民間人83人を殺害した。ガウク大統領の演説が終わると、リギアデスの生存者たちは「公平と賠償」と書かれたポスターを掲げ、「大統領の謝罪はまったく意味がない。われわれにとって必要なことは具体的な賠償だ」と叫び出すといったハプニングが起きた。
問題は、ギリシャ政府がなぜここにきてドイツの過去問題を引き出して戦時賠償を要求するのかだ。ギリシャのチプラス政権は目下、EU側との協議で、借款の削減、節約政策の見直しなどをブリュッセル側に要求している。それに対し、EUの盟主ドイツは強く反発している。そこでギリシャ側はドイツに対して「ドイツはナチス時代の賠償、文化遺産の破壊に対する賠償を行っていない」と指摘、ドイツの最も痛いところを突いてきたのだ。その狙いは、ドイツが強く抵抗するEUからの金融支援を引き続き受け取りたいからだ。辛辣に表現すれば、ドイツの過去問題を持ち出し、ドイツ政府に譲歩を勝ち取ろうというわけだ。一種の脅迫だ。当方が「ギリシャのチプラス政権は狡猾だ」と書いたのはそのような理由があるからだ。
ここで賢明な読者に聞きたい。ギリシャから戦時賠償を追及されているメルケル首相が外交辞令以外で日韓の歴史問題に首を突っ込んで、助言すると考えられるか?だ。メルケル首相は自身の発言に対する日韓メディアの主観的な解釈に戸惑いを感じているのではないだろうか。
韓国中央日報電子版12日、「メルケル首相は10日、岡田克也民主党代表と会った席で、「(日本)軍慰安婦問題をきちんと処理するのがよい」と厳しい忠告を与えたと報じた。メルケル首相に日本側へ圧力をかけてほしいと一方的に期待するのは勝手だが、韓国メディアは少しはドイツの事情を知るべきだろう。
ちなみに、読売新聞は、メルケル首相が10日、岡田氏との会見の中で、「過去の完全な決着は不可能」と述べた、と報じた。メルケル首相のこの発言は歴史問題に対するドイツの本音ではないか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年3月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。