元外交官で外交評論家の岡本行夫氏が「日本は70年前の負の遺産から逃れられない」と題して、第2次大戦時に日本企業が米軍捕虜を強制労働させたことについて今年7月にロサンゼルスで謝罪した、という記事を産経新聞に寄せている(以下の引用は再掲された「頂門の一針」より)
感動的であった。95歳になる捕虜団体の代表者が頭を下げた。「私が日本人に頭を下げるのは2度目だ。最初は70年前。頭を下げなければひどく殴られたからだ。きょう頭を下げるのは、謝罪にきてくれた日本人の勇気に敬意を表するためだ」と。
ほとんどの捕虜は既に死んでいるので、遺族たちが来たという。
日本は欧米人の捕虜を差別的に取り扱った。昭和17年の陸軍の「俘虜処理要領」には、白人以外の捕虜は速やかに解放するが「白人俘虜はこれをわが生産拡充ならびに軍事上の労務に利用する」とある。日本人の白人コンプレックスを払拭させようと、見せしめのようにして、重労働を課したのである。その数3万4千人。
苛酷な扱いを受けた日本の収容所の捕虜たちの致死率は25%に達した。この数字はロシアのシベリア抑留とともに世界で群を抜いて高い。ちなみに欧米が抑留した捕虜の致死率は数%であった。
結びはこうだ。
戦争捕虜問題を含めて、日本は70年前の負の遺産から逃れられない。国家は、モラルを失えば漂流する。
このくだりに異論はない。岡本氏が良質の外交官(外交評論家)であることも評価している。しかし、こう問いたい。「70前の負の遺産」を負っているのは日本だけなのか、と。日本人捕虜を虐待したのはロシア(旧ソ連)だけではない。欧米諸国は様々な戦争犯罪を犯してきた。
元朝日新聞記者の長谷川熙氏が2007年に著した「アメリカに問う大東亜戦争の責任」(朝日新書)は次のように書いている。
(喜多義人日本大学専任講師の論文によれば、ポツダム宣言受諾後)南方各地には合わせて63万3000人の(日本の)陸海軍将兵がいたが、英軍が中心の東南アジア連合軍は、これら日本軍を「日本降伏軍人」という扱いにし、戦時国際法に基づく捕虜の待遇をしないで酷使し、昭和21年7月からは10万6000人が「作業隊」として残され、昭和22年10月に最終的に日本への送還を終えるまで9000人に近い死者が出た。
岡本氏は「欧米が抑留した捕虜の致死率は数%」というが、上記の例では9%近い。
日本軍将兵が強いられた作業は糞尿処理、炭塵が立ち込める船倉内での石炭処理、100キロ入り米袋の運搬など。感電死、墜落死、圧死、爆死、中毒死、火傷による死亡が続出したという。
住居は粗末な茅葺小屋、掘立小屋で結核、マラリアの患者が多発した。英軍、オランダ軍の日本兵捕虜への暴行も絶えなかった。明らかに戦時国際法、ポツダム宣言違反である。
喜多氏は論文でこう書いているという。
日本軍の植民地占領によって失墜した威信を、ボロ服を纏い痩せ細った日本兵が不潔で下等な作業に従事する姿を現地住人に見せ付けることで取り戻そうとしたのではあるまいか。
日本軍が「日本人の白人コンプレックスを払拭させようと、見せしめのようにして重労働を課した」のと同じ構図である。どっちもどっちなのだ。
長谷川氏は、米欧大陸間無着陸飛行に成功したことで有名な米軍人リンドバーグ氏は書いた「リンドバーグ第2次大戦日記」(新潮社)からも、太平洋戦線における米兵による日本兵捕虜への暴行の記事を引用している。
入り口を入ったところで、日本兵の死体に出くわした。直立不動の姿勢のまま、縄で柱に縛りつけてあった。……わが軍の将兵は日本軍の捕虜や投降者を射殺することしか念頭にない。日本人を動物以下に取り扱い、それらの行為が大方から大目に見られているのである。……太平洋における戦争をこの眼で見れば見るほど、われわれには文明人を主張せねばならぬ理由がいよいよ無くなるように思う。
米国は広島、長崎に原爆を投下し、東京をはじめ日本の多くの都市への絨毯爆撃を繰り返した。無辜の非戦闘員への無差別爆撃は国際法違反であり、捕虜虐待と同様、あるいはそれ以上の暴行ではないか。
以上のことについて米国や英国、オランダなどから、表立った謝罪を受けたとは聞かない。なぜ日本だけを70年も経ってまで謝罪を繰り返すのか。
他国の罪状のことはいい、悪いことは自分が率先して謝るべきだ。こうした考えが岡本氏のみならず、多くの日本の善男善女の中にあるようだ。だが、それは日本の国益を害していないだろうか。
日本は道徳的劣位に追い込まれ何をするにも自己主張できず、実質賠償金を支払う形で各国に援助を強いられてきた。青少年は「近現代において日本だけが悪いことをして来た」という歴史観を刷り込まれ、外国人との討論でも覇気がない、うつむき加減で話しがちだ。日本の負の遺産を語るのはいい。いや、語る必要があるだろう。だが、歴史は広い視野に立ち、バランスをとって眺めねばならない。他国の悪辣な行為も合わせて語ることが、肝要である。
過去、外務省の官僚はそうしたバランス感覚に基づいた対外発言がなさすぎた。謝罪するばかりで、外国の問題点を厳しく指摘する姿勢に欠けていた。その分、日本の国益を大きく損ねてきた。外務省の「過去70年間の負の遺産」である。
外務省、そして元外交官として岡本氏も「過去70年間の負の遺産から逃れられない」と反省し、日本の非行を語るときは諸外国の非行を合わせて語る必要があると肝に銘じるべきだろう。