AI時代に生き残るための処世術:セールス編 --- 田原 洋樹

オズボーンの警告

イギリスのオックスフォードの研究者である、カール・フレイとマイケル・オズボーンが2013年に発表した論文「雇用の未来」によると、米国の労働者の47%が従事する仕事が、10年後〜20年後に、70%以上の確率で、AIによって消滅する可能性があると警告した。

その後、2015年には、マイケル・オズボーンと野村総合研究所が、日本においても、同様に10年〜20年後に、仕事の49%がAIによって代替されると発表している。

仕事が消滅すると言われている中には、営業(セールス)職や販売職も含まれている。

営業職や販売職に関しては、既に、WEBマーケットの台頭により、一部の業界は人員の削減など、減少の一途をたどっている。私が以前勤めていた旅行業界も、WEB販売の急激なシフトによって、店頭閉鎖が進んでいる。このまま日本の営業職、販売職はAIによって完全消滅してしまうのだろうか。

生き残るヒントはないのだろうか。

セールスマンがAI時代に生き残る3つのヒント

野村総合研究所によると、AIやロボットによる自動化が難しい能力として、以下の3つのポイントを挙げている。

(1)創造的思考

  • 抽象的な概念を整理・創出することが求められるか
    (例:芸術、歴史学・考古学、哲学・神学など)
  • コンテクストを理解した上で、自らの目的意識に沿って、方向性や解を提示する能力

(2)ソーシャル・インテリジェンス

  • 理解・説得・交渉といった高度なコミュニケーションを示したり、サービス志向性のある反応が求められるか
  • 自分と異なる他者とコラボレーションできる能力

※ソーシャルインテリジェンス(社会的知性)=社会的知性、コミュニケーションや協調性などの能力

(3)非定型

  • 役割が体系化されておらず、多種多様な状況に対応することが求められるか
  • 予め用意されたマニュアル等ではなく、自分自身で何が適切であるか判断できる能力

(出所:野村総合研究所 「AIと共存する未来の職場」)

つまり、AI時代に生き残れるセールスマンは、以上のような要素を持ち合わせた人物と定義される。

果たして、このような人物になるためには、何を心がければよいのだろうか?あるセールスマンのエピソードを通して考えてみよう。

旅行を通して、クライアントの何を実現させていくか

ある教育旅行を担当とするセールスマンの話をしよう。

教育旅行と言えば、クライアントは学校だ。分かり易く言えば、修学旅行や日帰りの遠足などを学校関係者へ営業をする仕事である。

実際にあった話だが、ここでは、セールスマンA君としよう。

A君は、某公立小学校の春の日帰り旅行、いわゆる遠足を担当することになった。

旅行を手配するにあたり、A君は、某小学校の旅行担当者B先生と商談を行った。

通常、日帰り旅行の商談と言えば、方面や、食事場所、立ち寄る場所(観光スポット)、交通手段、全体的なスケジュールの確認、費用などを事前にヒアリングし、行程と見積りを算出し、必要な手配を行うといった業務内容である。

A君のセールスはそのようないわゆるマニュアル化したセールス手法から一旦離れ、B先生に対して「旅行を通じて実現したいことは何か?」とまず最初に問うたそうである。

そのような問いを投げかけてくる旅行のセールスマンは今までにいなかったため、B先生は戸惑いながらも、「4月にクラス替えがあって、まだクラスの仲間が遠慮気味で、一体感がない。今回の遠足で、少しでも皆の仲が深まればいい。」といった、遠足への期待を伝えた。

ここからA君は考えに考えた。そして、一つの方向性を見出す。彼は、100円均一ショップで、コルクボードとポストイットを購入し、遠足の間、バスの車内にセットすることを提案した。遠足を通して、クラスの友達の新しい発見、例えば、「○○くんは、とっても冗談が面白い」とか「□□ちゃんは、笑顔が素敵だ」など。クラスの仲間同士で、良い所を見つけ、それを思い思いにポストイットに書き出して、コルクボードに貼り出そうと提案したのだ。

夕方、遠足が終わる頃には、バスの車内に設置した大きなコルクボードには、色とりどりのポストイットがたくさん並んでいた。そして、何となく、クラスが一つになった印象を皆が感じ取っていた。

A君は「旅行」を売ることを目的としたのではなく、「旅行」を手段として、クラスの課題(ニーズ)を実現したのだ。

AIとの共存を目指すセールススタイルの確立を

ある教育旅行のセールスマンの実話を通して、AI時代に求められるセールスマンのスタイルをご紹介した。A君は、B先生との対話の中から(ソーシャル・インテリジェンスを働かして)クラスの課題を発見し(創造的思考を働かして)、マニュアルにはない(非定型な)解決策を考え出した。先にご紹介した、3つの要素を全て取り入れた行動を見事にとっている。この行動こそ、AI時代に求められるセールススタイルと言えるのだ。

ヤフーのCSO(チーフストラテジーオフィサー)の安宅和人は、今後は、AIを活用していくという姿勢が必要だと述べている。つまり、AIに対抗するのではなく、その強大な情報力を味方にしていくこと、つまり、共存していくしたたかさが必要であるのだ。

例えば、観光スポットや食事の提供場所は、過去の膨大な情報から、AIが探し出してくれるだろう。

しかし、A君のように、人とのコミュニケーションから「問い」を立て、考え抜いて、マニュアルにはないような「答え」を探し求めていくこと。それは決して、AIの及ぶところではない能力と言える。

セールスマンの生き残る道はそこにあるのだ。

田原 洋樹(たはら ひろき)人材育成コンサルタント、明星大学特任准教授、株式会社オフィスたはら代表取締役
JTB、リクルートMSを経て独立。自治体や民間企業に対し人材育成のコンサルとトレーニングを実施。著書「営業マネジャーが必ずやるべきこと」他。ジャーナリスト田原総一朗の甥。