メディアは中国の軍事的脅威を正しく伝えてきたか

岡田 克敏

 昨年末、12月30日の朝日朝刊一面トップ記事「中国軍が離島上陸計画」に驚かれた方は少なくなかったろうと思います。記事は従来の中国観の変更を迫るものだからです。恐らく記事の狙いもそうなのでしょう。詳しくはasahi.comの記事をご覧いただきたいのですが(そこには中国が管轄権を主張する広大な海域の図も掲載されています)、その要点を以下に示します。

『中国軍が、ASEAN諸国と領有権をめぐって対立する南シナ海で、他国が実効支配する離島に上陸し、奪取する作戦計画を内部で立てていることを広州軍区関係者が明らかにした。策定には、圧倒的な軍事力を誇示することで外交交渉を優位に運ぶ狙いがあるとみられる。


 計画は空爆による防衛力の排除と最新鋭の大型揚陸艦を使った上陸が柱で、すでにこれに沿った大規模軍事演習を始めている。空軍と海軍航空部隊が合同で相手国本国の軍港を奇襲し、港湾施設と艦隊を爆撃する。1時間以内に戦闘能力を奪い、揚陸艦「崑崙山」(満載排水量1万8千トン)などを使って島への上陸を開始。同時に北海、東海両艦隊の主力部隊が米軍の空母艦隊が進入するのを阻止するという。

 中国は南シナ海を「核心的利益」と位置づけて権益確保の動きを活発化しており、ASEAN諸国や米国が懸念を深めるのは必至だ。中国は沖縄県の尖閣諸島をめぐっても領有権を主張しており、尖閣問題での強硬姿勢につながる可能性もある。

 中国政府関係者によると、領有権を争う南シナ海の南沙と西沙両諸島のうち、中国が実効支配しているのは8島。ベトナムが28島、フィリピンが7島を支配するなど、中国が優勢とは言えない状況だ』

 これを一面トップで報道したのが中国寄りと定評のある朝日新聞であることにまず驚かされます。またこれに関連する記事が『中国の離島上陸作戦で三菱重工に注目の目、来年の活躍期待』という東洋経済オンラインの株情報の記事だけで、後追い記事が全くないというのも意外です。

  この記事は中国の外交が軍事的威嚇による、あからさまな砲艦外交であることを示しており、日本にとって決して他人事ではありません。日本の安全保障に大きく関係する重大事だと思われますが、他のメディアの冷淡さがなんとも不思議です。日本のメディアは歌舞伎役者の喧嘩沙汰や芸能人の不倫などには大変な関心を示すようですが。

 中国の国防費は年率はこの20年で18倍になったといわれていますが、信頼できるとはいえない隣国の軍事的膨張は我国の安全保障にとって極めて重要なことであるにもかかわらず、現在までその重要性にふさわしい報道がされてきたでしょうか。

 2010年度の中国の「軍事費」は公表の「国防費」5321億元(約6兆9千億円)の約1.5倍に上る7880億元とされ、これは日本の防衛費の約2倍です。気がつけばお隣の国はいつの間にか世界第2位の軍事大国になっていたという印象があります。

 一方、日本の防衛費は中国とは逆に、この9年連続で減少しています。この背景にはメディアが近隣国の軍事的脅威を過小に報道してきたことがあるのではないかと疑われます。

 尖閣問題の折、東京で反中デモが数回ありましたが、大手メディアは黙殺しました。恐らくそれは日本の反中国ナショナリズムを刺激することを恐れたためだと考えられますが、産経までも含め、あまりにも足並みが揃っていたので、何らかの圧力が働いたのではないかと勘ぐりたくなります。

 非武装中立論、あるいは平和憲法を守れば平和が保たれるという考えが戦後大きな力を持ち続けました。そこには戦争とは日本からしかけるもので、他国から攻められることはないという非現実的な認識があったように思われます。左寄りのメディアはこのような非現実論を広め、防衛力増強の問題は議論さえも半ばタブー視されるような風潮ができあがりました。防衛力の必要を訴える者は軍国主義者と見られるような有様であったわけです。

 多くの日本のメディアは、他国の軍事的脅威に対して日本が軍事的に対抗する事態になることを極度に恐れてきたように思います。そのため、ナショナリズムを刺激する報道を避け、中国の軍事的脅威を過小に報道してきたのではないか、という疑念が生じます。他国の脅威を過剰に煽るのは危険なことですが、過小に思わせるのも間違っています。

 19世紀の帝国主義を思わせる、軍事力を急膨張させている隣国があり、しかもその国が軍事的威嚇を武器にする外交を目指しているとなれば、安閑としていられる情勢ではないと考えるのが普通です。防衛費を9年連続で減少させて大丈夫なのかと気になります。防衛力の整備は短期間で出来るものではありません。

 かつて多くのマスメディアは北朝鮮を実態を見誤り、「地上の楽園」と喧伝し、それを信じて渡航した数万人の人々の運命を狂わせました(むろん責任は一切とりませんが)。これはメディアが横並びで判断を誤り、重大な結果を招いた例です(この背景には共産主義に対する根拠なき憧憬があったものと思われます)。

 メディアの偏った認識が日本の安全保障の方向を誤らせれば取り返しのつかないことになる可能性があります。今後中国がどのような国になるかを確実に予測することができない以上、予測可能なあらゆる事態に備えることは当然です。この朝日らしからぬ記事は長期の安全保障を考える上で一石を投ずるものと思われます。

コメント

  1. tetuko_trail より:

    勇気ある論説、誠に恐れ入ります。高い卓見ありがとうございます。
    私も決して右翼でもなければ軍国主義者でもありません。しかし、隣国中国の大国らしい軍事的振る舞いは、決して無視できないものと存じます。「戦争論」やマハンの海洋戦略論を持ち出すまでもなく、隣国中国の昨今の行動は大国のたどる道筋とも存じます。
    他方、決して隣国中国の人々が日本人一人ひとりに対しては、少なからず友情と協力をもとめているものと存じます。無論、私たちも目指す目標は共存共栄であって、今後とも友好と尊敬の念をお互い深めていかなければならない事は、基本中の基本であります。
    軍事や砲艦外交が通用しない世界は、目指す目標とは思いますが、明日急に両国が目覚め、武装を解除したというお伽話も現実的ではありません。わが国も、砲艦外交には決してひるむ事はないという万全の体制で、両国の建設的外交を結べたらと願ってやみません。

  2. courante1 より:

    tetuko_trailさんへ
    好意的なご評価をいただき、ありがとうございます。
    中国と友好関係を築くことは誰もが望むところであり、目標としなければならないことはおっしゃる通りだと思います。
    食料や軍事的な安全保障は国にとって最重要なものであり、国際情勢の中長期的な変化を見越した視点が必要ですね。
    戦前、新聞は軍国主義を煽り破滅的な戦争に大きく加担しました。戦後はそれに懲りてか、防衛のための戦争まで否定しかねない風潮を作りました。どちらもその時々の思潮に流されたもので、冷静な情勢把握が欠けています。一度社会に広まった思潮というものは簡単には戻せないようです。 岡田克敏

  3. bobby2008 より:

    素人的な考えとお断りした上で、意見を述べさせて頂きます。

    >「中国軍が離島上陸計画」に驚かれた方は少なくなかったろうと思います。

    これは日米で計画中の離党奪還演習、それと新防衛大綱の中国敵視の内容に、中国の軍部が反応したものと考えれば、驚くにはあたらないのではないでしょうか。

    >中国の国防費は年率はこの20年で18倍になったといわれていますが、

    経済発展を続ける中国が、領土・人口・経済規模に見合った軍備を持つ事は、客観的にいえば中国政府として本来あるべき政策とも言えます。「20年で18倍」という相対的な話ではなく、現在の中国として「あるべき軍備」を定量的に示し、それと現在の状況とのギャップについて述べて頂ければ、中国の軍備増強が正常か異常かが容易に判断できます。

    >中国の外交が軍事的威嚇による、あからさまな砲艦外交であることを示しており、

    中国と釣り合う軍備を日本が持つ事は効果的だと思いますが、日本政府の膨大な借金を考えれば理想的とはいえません。むしろ日本を含む近隣諸国が集まって、中国に対して軍縮会議を開き、軍備のパワーバランスがより低いところへ来るように誘導してゆく方が良いのではないでしょうか。現実には、米国をまき込なまいと中国も乗ってこないでしょうが。

    石水

  4. minourat より:

    > 砲艦外交には決してひるむ事はないという万全の体制

    具体的にはどうすればよいのでしょうか?

  5. courante1 より:

    石水さんへ
    ①「中国軍が離島上陸計画」は中国が核心的利益とする広大な海域の現在の秩序を軍事的手段を用いて破壊する意思を示したものと受け取れます。少なくとも私は驚きました。
    ②中国の現在の軍備は中国の国の大きさに見合ったもの、という説明は中国政府のものです。専門的なことはわかりませんが、軍備の大きさは周辺国とのバランスが重要だと思います。また建造中の空母を2隻に加え、原子力空母を計画しているそうですが、攻撃のための軍備であることで周囲が警戒するのでしょう。
    ③>中国に対して軍縮会議を開き、軍備のパワーバランスがより低いところへ来るように誘導してゆく
    現実に可能であればこのような努力も必要でしょう。しかしうまく行きませんでした、ではすまない問題であり、あらゆる場合を想定して準備することが必要だと思います。将来中国の膨張政策がどうなるか、予測できません。1930年代の日本のようにならないとは断言できないと思います。それを未然に防ぐのが抑止力です。
    抑止のためにどれくらいの軍備が必要か、現在でも十分なのか、私にはわかりません。ただこのまま差が拡大すると、いずれ将来は不足するでしょうね。
    岡田克敏

  6. bobby2008 より:

    岡田さん

    >少なくとも私は驚きました。
    どうやら日本のメディアは、中国の軍事的脅威と同じくらい、日本の軍事的脅威について中国を含む周辺国がどのように「驚いているか」をもっと伝えるべきですね。

    日本人にとって新防衛大綱の発表も、その内容も、大した事ではなかったようですが、私が見た香港のテレビ(電車の中で流しているニュース)では、日本の新防衛大綱が「中国を敵視」している事が驚きをもって、大きく伝えられていました。

    日本と中国が、それぞれ自国の情報の発信と、相手の情報の受信をもっと的確に、精度良く行う事ができれば、過剰反応や無用な摩擦を防ぐ事ができるのではないでしょうか。

    インターネットがこれだけ普及しても、言葉の違いが生み出す情報の壁というのは意外に高いのですね。

    >中国の現在の軍備は中国の国の大きさに見合ったもの、という説明は中国政府のものです。

    では、日本の軍備の適正規模は、誰がどのようにして決めるのですか?自国の軍備を過小評価し、中国の軍備を過大評価してはいませんか?もし中国が米露に比肩する大国を目指しているのであれば、(可能かどうかは別として)目指す目標も米露規模という事になりますね。

    >ただこのまま差が拡大すると、いずれ将来は不足するでしょうね。

    中国軍の当面の仮想敵国が米軍だとすれば、太平洋における米中の軍縮会議へ誘導する事は、日本を含む中国周辺の国にとってはありがたい事ですね。

    石水

  7. ap_09 より:

    軍備が日本経済のアシを引っ張るということについての素朴な疑問。

    軍事産業というのは、機械工学から情報・通信、宇宙工学はもちろん、そういう意味では日常品や食品、ひいては農業や医療などのビオテクノロジーの開発など発明イノベーションの宝庫になりうるでしょうし、また組織経営とか危機管理など、経営マネジメント等、人間社会をいかに効率よく動かすかということから、大変総合的な分野ではないでしょうか。同盟国とは共同研究、開発ということができます、その成果は軍事以外のことにも応用可能です。武器は売れるでしょうし(仮想敵国包囲という抑制力の意味です)、マネジメントを知的財産と考えるとそれも売ったりできるかもしれません。
    つまり技術開発には軍備の強化は非常にポジティブですよね。軍事に積極的になるというのは、雇用にも経済にも外交にも、とにかく全てにおいて、ネガティブよりポジティブの面の方がはるかに大きいので、経済的負担になることなどないのではないですか?

  8. courante1 より:

    石水さん
    石水さんに誘導されて話が軍事・外交問題になってしまいましたが、私の記事の趣旨はメディアの報道に偏向があったのではないかということです。
    まあそれはともかくとして、香港テレビの「驚き」には政治的意図がなかったのか、またそれはアジア諸国に共通するものなのか、私にはわかりませんが、評価が難しいところでしょうね。
    石水さんが懸念されることは過剰反応によって相互不信が拡大することだと思いますが、それは当然警戒しなければならないことだと思います。
    しかし尖閣問題において中国は予想外の行動を見せました。このことから学ぶことがあったはずです。ルールの異なる相手との付き合いではリスクが高いのは個人の場合でも同じです。
    また抑止力を維持することと関係改善の努力は必ずしも相反するものではないと考えます。

    日本の軍備の適正規模については抑止に十分な規模ということしか私にはわかりません。専門家に任せるべきことでしょう。

    つまり国際関係は依然としてパワーポリティクスが中心であり、相手に笑顔を見せながらも警戒を怠らない姿勢が大切かと。

  9. izumihigashi より:

    マスコミの対中報道。これまで中国の姿を正しく伝えてこなかった事は事実です。現在の中国の姿もそうですが、歴史的な見方も間違っています。中国人の対日観は歴史的な観点と教育的観点のミックスでしょう。そもそも接点の無い庶民にとっては対日観などどうでも良い事かもしれません。ですから、どうでも良い感覚のところに偏向的な情報が刷り込まれれば、安易に軽い洗脳が完成します。軽いんですけどね。
    現在の中国に重点を置き、日本との付き合いを重視する中国人との接触の中で得られる対中国観は、全体の中国の実態を反映しているとは言えないわけです。
    そんな訳で、自分は中国に親近感を感じているという人が、このような報道に接したら、目を疑う事になるわけです。しかし、中国の歴史を眺めると、このような計画があって不思議は無いわけです。やっぱりか!と思った人も多いでしょう。
    大勢の人が「まさか!」と思ったとしたら、それは報道が悪いといわざるを得ないと、こう思うわけです。
    ですから、本題は全くその通りで、これで目覚めない人は、お花畑の住人という事で片付けて良いと思います。

    ただ、警戒するという事と、嫌中感情を表に出す事は違うと思います。警戒し、準備をつつも表面的に「私は日中友好論者だ」と装う事が大事なんでしょう。

  10. bobby2008 より:

    izumihigashiさん

    >警戒するという事と、嫌中感情を表に出す事は違うと思います。警戒し、準備をつつも表面的に「私は日中友好論者だ」と装う事が大事なんでしょう。

    上記の内容に、100%同意します。そうあるべきですね。

    >本題は全くその通りで、これで目覚めない人は、お花畑の住人という事で片付けて良いと思います。

    日本政府を太平洋戦争へプッシュした国民が、「お花畑の住人」であった事を考えれば、簡単に片付ける訳にはゆかないと感じてます。

    石水

  11. bobby2008 より:

    岡田さん

    >私の記事の趣旨はメディアの報道に偏向があったのではないかということです。
    >香港テレビの「驚き」には政治的意図がなかったのか、

    テレビ・新聞といったメディアは基本的に、政治的偏向と、それによる意図的な誘導を行っているのでしょう。それは日本も中国も欧米も同じだと思います。ただ気が付き易いか否かの違いだけでしょう。

    >しかし尖閣問題において中国は予想外の行動を見せました。

    中国漁船の拿捕と船長の拘留は、中国にとっては「予想外の行動」だったのではないでしょうか?昨年の尖閣諸島問題は、双方にとって「予想外」の展開であった故に、過剰反応が起きてしまったのだと思います。

    >ルールの異なる相手との付き合いではリスクが高いのは

    上記のルールとは誰のルールでしょうか?日米貿易摩擦の時には、お互いに相手に対してそう考えていたようです。

    >日本の軍備の適正規模については抑止に十分な規模ということしか

    どの国の軍隊に対しての抑止を対象にするのかという問題が不明です。新防衛大綱は中国を仮想的として明確化したようです。中国の仮想的が米露なら、いまの軍備では足りないと感じるでしょうね。

    私が言いたかったのは、中国の軍拡に言及するのであれば、「20年で18倍」という相対的表現は、読者を間違った方向へ誘導してしまう恐れがあるという事です。

    記事の主旨から外れているので、軍事・外交の議論はこの辺で終わりにしましょう。

    石水