「雇用を増やせ」に関する素朴な疑問

岩瀬 大輔

年末に税制改正大綱を発表するにあたって、菅総理が米倉経団連会長に対して「法人税減税を行うので雇用を増やしてくれ」と依頼をし、これに対して「お約束はできませんが」と苦笑いをされる場面がテレビで何度も放映された。

似た議論で、「企業は内部留保(これはバランスシート上の概念ではなく現預金のことを指しているように思えるが)をため込んでいるんだから、もっと雇用を増やせ」といった主張がなされることもある。

これらを聞くに連れ、疑問に思う。個別企業のキャッシュポジションは、経済全体の雇用量と無関係ではないか。


私の親戚は、高崎の駅前で喫茶店を営んでいる(タンシチューが自慢の「ラ・シーム」という店なので、ぜひ行ってやって欲しい)。伯母がフロアを回り、その夫が厨房に立っている。もしかしたら、アルバイトくらい雇っているかも知れない。しかし、仮に少し税金が少なくなったり、あるいは預金残高が増えたとして、来客が増えない限りは、正社員を増やすということはしないだろう。

企業経営者が雇用を増やすのは、仕事が(恒常的に)増える見込みがあるときである。仕事が増えるのは、来季の売り上げが増えそうか、もっと先の売上増に向けた先行投資を増やすときだけである。あるいは、もし現状のオペレーションをギリギリの人員でやっていたとするならば、雇用条件が緩和されたとき(賃金が安くなる、労働規制が緩くなる)場合に、いくらか余裕を持たせるために雇用を増やすかも知れない。いずれにせよ、税金が減ったり、利益が増えたからといって、需要増が見込めない限りは、雇用を増やすことはしない。

そして経済全体の需要が(持続可能な形で)増えないのは、一般的には消費性向が高い若年層へ仕事とお金が回っていないこと、将来の国のあり方がいつまでも示されないので不安が強くお金を使おうという気持ちにならないこと、そしてそのように消費者がお金を使わない状況を見て企業も投資をしようと思わないからではないか。更に、そのような状況を見て投資家も日本企業に投資しようと思わないこと、古い産業・弱い企業が国の補助を受けて生きながらえていて、新しい産業・強い企業へ人とお金がシフトしていかないからではないか。

持続可能な形で消費と投資が増えるように、将来に対する見通しをはっきり示すことと、社会全体の人とお金の流れを再設計すること、そして企業が人材を雇いやすくする(人材の流動性を高めること、労働規制を緩和すること)ことこそが中長期的に雇用を増やすために必要なことであり、これらに手をつけないまま、短期的・断片的にそれを企業に押し付けるのは、何ら本質的な解決にはならないのである。

コメント

  1. toshihisa_nagai より:

    岩瀬大輔様

    初めまして。高崎在住の長井利尚と申します。
    岩瀬様の主張こそ正論だと思います。
    政権が将来の日本の姿を示さない以上、企業が(日本国内で)新たに投資や雇用を増やすことは、まず考えられません。
    当地(衆院群馬4区)選出の福田康夫氏が首相になった頃から、本格的に改革の逆行が始まりました。一昨年の衆院選では、自民党王国と揶揄された群馬県の選挙区からも4名の民主党候補が当選しましたが、自公政権末期よりも更に酷い政治が展開されています。
    次期衆院選では、いったいどの候補に投票すべきなのか、皆目見当がつきません。

    (ご親戚が高崎駅前で経営されている喫茶店には、まだ行ったことがないので、近いうちに行ってみたいと思います)

  2. bobbob1978 より:

    人名等の具体的な内容は忘れてしまいましたが、中国故事に次のような話がありました。

    王がある有能な臣下に尋ねました。
    「将軍や王妃たちの親戚に役職を与えねばならないが、どのような役職を与えたらよいだろうか?」
    臣下は答えました。
    「仕事や役職は必要に応じて作るものであり、人に合わせて作るものではありません。必要もないのに人に合わせて役職を作っていては国が滅びます。」

    現在の日本を苦しめている問題は2000年以上前から存在している問題なのでしょう。数々の科学的な発見により文明は進歩しても、人間自体は変わっていないのだとつくづく感じます。

  3. もなもな より:

    >企業経営者が雇用を増やすのは、仕事が(恒常的に)増える見込みがあるときである

    おっしゃる通りだと思います。日本の将来自体に仕事が増える見込みがないことが問題なのです。ですからどのように日本全体の仕事のパイを増やすのかという事をまず優先して考えなくてはならない。法人税減税もそこを見据えて減税しなくてはいけないはずです。減税によって世界中の企業が日本を投資先として認知したならば、結果的に(日本全体の)仕事量は増えますし、日本企業も(グローバルにみて日本を投資適任地と見れば)投資を増やします。そうすれば仕事は当然増えます。そういう循環にするための減税なのだと思います。

    、、そうすると、今の日本の5パーセント減税なんて規模ではどうしようもない事はすぐわかるはずなのですが、、、又その程度の減税で、上記のような循環が起こるはずもなく、したがって仕事が増えないので雇用が増えないという当たり前の結果に落ち着くだけだと思うのです。ちょっと話がそれましたが、岩瀬さんにもっと声を大にしてその事をおっしゃってほしいです。

  4. izumihigashi より:

    一言一句、完璧に解りやすい内容です。是非とも菅首相に読んでもらいたいと思います。

  5. itsukiranru より:

    経済学的に言うと「雇用は派生需要である」という奴ですね。

    僕も
    「金持ちだからといって、客の来ないラーメン屋が従業員を雇いますか?」
    「企業規模の大小にかかわらず、みんな同じだよ」
    というような話を良くするので、こう明快に論じていただけるとうれしいです。

  6. seanjp より:

    確かに、税金が安くなって手元資金が増えたからと言って、無駄な使用人を雇って支出を増やすなんてバカなことはしませんね。しかし、岩瀬さんの論調には違和感を感じます。まるで需要を増やすのは政府の仕事と言われているように感じます。

    手元資金に余裕が出来たら、多くの個別企業は需要開拓のために使うと思いますよ。例えば喫茶店なら、駅近くに新店舗を構えるとか、店舗改装するとか、メニューを改善するとか、、、あるいは、小規模喫茶店ではあまり思いつかないですが、製造業ならコストダウン投資をして受注拡大交渉をするとか、、、、

    マクロ経済はご指摘の通り需要縮小傾向にありますが、個別企業の立場では座して待っていても仕方がないので、少しでも仕事を増やすために必死の努力をしなければなりません。そのような個別の努力の積み上げが成長の源泉です。減税はその手助けになります。ただ、今回は実質的にはショボイので苦笑いです。

    「将来に対する見通しをはっきり示すことと、・・・云々」とありますがどうなのでしょう?
    どこの国であれ、政府部門が経済を主導することが可能でしょうか。経済界の足を引っ張る事のないよう見識を持っていただきたいとは思いますが。

  7. harappa5 より:

    >似た議論で、「企業は内部留保(これはバランスシート上の概念ではなく現預金のことを指しているように思えるが)をため込んでいるんだから、もっと雇用を増やせ」といった主張がなされることもある。

     この手の話に出てくる内部留保は、会計学用語の「内部留保」ではなく、資本家から金を奪え、プロレタリアートは搾取されている、という事が言いたいだけの左翼用語に過ぎない。内部留保なんて、世の中の人は知らないし、左翼の連中や労働貴族も世間を騙し、「資本家」から金をむしり取り、独善的な正義感を満足させるための「ツール」の一つとしか考えていないでしょう。
     こんな程度の低い議論しか出来ない労働貴族・大手労組政権は、早く、潰れて欲しい。

     

  8. wishborn2400 より:

    一見筋が通っているようだが、あまり筋はよくない
    ように思います。
    まず、例示が全く不適切でしょう。
     家族経営の喫茶店におけるキャッシュの問題は、
    件の法人税減税や法人の現預金の問題ではない。
    あなたの親戚に対して、菅総理や似た理論なるもの
    を展開している人が主張しているわけではない。

     法人税減税については、それが内部留保となる
    だけであれば国民の理解は得られません。
    無論、事業に関係なく単に雇用を増やす為に使う
    というのは人件費として社外流出するだけのこと
    ですので意味がありませんから、菅総理の依頼
    の仕方は酷いものですが、減税というプレゼント
    を法人にあげるというだけのものではないという
    ことです。精一杯の抵抗といったところかもしれ
    ません。

     論者の主張では、消費性向の高い若年層
    に仕事と金が回っていないことが経済全体の
    需要が増えない理由の一つだということだが、
    税負担が軽くなることは、若年層に回す金の
    原資となり得るわけですから意味がないとは
    いえません。公共事業で直接仕事を発生させ
    る方法もあるわけですが、こちらの方がよいで
    しょう。
     もう一つの将来の国のあり方については、
    はっきりしていない云々が問題ではありません。
    さらに将来が不安になるようなあり方が明確に
    なるかもしれないわけですからね。
     論者も結局、規制緩和を叫ぶのみで将来の
    不安に対する社会保障については論をさけて
    しまっています。人材の流動化や労働規制の
    緩和で将来の不安が解消されるわけではあり
    ません。その将来で安心は得られません。
     適切な税負担による堅固な社会保障や労働
    規制(解雇条件の緩和には賛成ですが)の徹底
    なしに将来不安の解消はないでしょう。

  9. ksmo2011 より:

    「雇用を増やしてください」などという問いかけがそもそも陳腐なのです。企業にとって、採用は欠員の補充か事業の拡大しかありません。事業の拡大、つまり景気の拡大無しに「雇用を増やせ」とは何の寝言か。
    そんなものを幾ら論じたところで何も生みませんよ。
     就活にしても、新卒一括採用がけしからんと言っても、年功序列、終身雇用がけしからんと言っても、其れで何の不都合も、不具合もない企業にとっては痛くもかゆくもないことなのです。
    勿論、年功序列や終身雇用が負担になって経営が悪化すれば企業は倒産するし、其れがイヤなら、人員解雇でも、何でもやります。別に企業にとっては終身雇用があるから人を切れないなどという制約や、義務はないのですからね。
     労働組合が強いから解雇できないというのも間違いです。
     解雇できないなら倒産するか。ま、昔は総評が強すぎて労務倒産などという企業もなかったわけではないが今時、そんなわけのわからん労組もないから、追い詰められれば、日航みたいに指名解雇でも何でもやっていますよ。
     「年功序列が怪しからん」等という戯言を真に受けていたら、就職なんて出来ませんよ。
     新卒の50%はもう決まっている。つまり残りの50%は、余りなのです。それだけのことです。

  10. tetuko_trail より:

    賛成です。
    社会保障を充実させてから・・・・なんて悠長な事いっていられません。それこそ失われた25年の続きになります。
    雇用を増やすため、思い切って労働の流動化につとめ、どの党が政権をとっても所詮、踏み絵となる消費税をとっとと導入し、並行作業あるいは若干遅れての現実問題として社会保障となるでしょう。もう鶏が先か卵が先かなんて言っている場合ではありません。
    雇用の増大こそ社会の活気の源です。
    根源なくして明日も計画もありません。
    どのような仕事でも、正義にかなうなら、甘んじて私たちは社会に仕事を受け入れましょう。労働に対する感謝と意欲を、新しい形で湧き上がらせましょう。今までの経験を踏まえ、こまめな反省と修正には勇気をもって取り組みましょう。
    すべてはそれからです。雇用あるのみ。

  11. genjituhakibisiinnda より:

    >ksmoさん2011さんへ

    まぁ~理屈はその通りだ

    それで残りの50%は無い それで国として成り立つと思えます?

    まぁ~政治家がそれでも仕方が無いと言えたなら、私も何も言えないけど

    ここで財政危機だ、正社員の賃金を下げろ!と、仰っている専門家の評論家の皆々様の言う事も私は殆どその通りだと思っているけど

    じゃ~その為にしなきゃいけない厳しい事を国民に向かって恐れずにどれだけの人が言えますかね?

    私は政治家を始め、ここの評論家の皆様もハッキリ言えない事を、あえて責任の無い立場で言わせてもらいますが

    今後この国は底辺の人を多大に含む全ての人を救うのは不可能です

    それは、この国が今後増税しようとも、財政破綻してハイパーインフレになろうともです

    だからksmo2011さんが仰るように雇用をいくら増やせといっても無理でしょう

    そうしたら、どうしたら良いかと言うと、今の正社員の賃金を下げた痛み分けですよ

    当然、今の現役正社員の人は騒ぐし混乱するけど、私は職が無い若者が今後の世の中に蔓延するほうが悲惨な状況になると思っているので究極の選択ですよ

    半分にするのは無理でしょうけど、それなりの数値で削減しないと雇用なんて、いくら景気回復を!なんて訴えていても、その間に結局、国家予算の見直しと増税によって景気なんて良くなって行きませんよ

    その厳しい突き詰めた事も言えないような評論家がいくら政治家を責めても、私に言わせれば結局政治家も評論家も一緒だと思いますけどね

    結局 みんな怖くて最後の突き詰めたところを分かっていても誰も言えないのがこの国の現状だし、歴史ってそう言う事ですよ 

    そして最後まで行くところまでズルズル行っちゃう

    これがこの国の末路ですよ

  12. izumihigashi より:

    議論の余地なしの内容だと思ったのに、案外異論反論もありますね。

    政府がやはりやるべき事を明示した方が分かりやすかったのでしょうかね?

    閉塞感を打破する為に、やっぱり何らかの未来ビジョン(多くの国民が賛同するような)を打ち出す事が政府の役割なんではないでしょうかね?

    あまり細かい設計図は描かず、方向性だけはビシッと示して、その社会を実現する為に、是非とも民間活力を投入して欲しい。その為の税制改革、規制緩和をセットで実現する、なんて事を全国民に向かって宣言するとかね。

    今の日本の閉塞感って、方向性が見えない事が最大の原因なんじゃないかな?と思うんですね。方向性が見えないと、一企業で当てずっぽうに先行投資出来ないじゃないですか?

    SNSなどの発達で草の根から方向性が湧き上がるなら苦労しませんが、政治家こそグレートコミュニケーターなんです。
    皆の希望が持てる様な方向性を打ち出す事。それを選挙で問うて選ばれたら躊躇せず実行。これでしょ。

    そうすると、今、方向性が見えない原因は政党の組成に問題があるという事に行き着いちゃうんですよね。寄せ集めですもん。

  13. genjituhakibisiinnda より:

    みんな甘いんですよ

    税制改革や規制緩和が全て良くなると勝手な解釈でしか論じてないんですよ

    物事の理屈って分かります?

    それで良くなるのなら、とっくに政府はそうしていたでしょうに

    この国はどんな状況になろうとも前に向かっていかないといけませんが、デメリットに目を瞑り希望的な方向性だけで前に進んでなんていけません

    現に税制改革の中の消費税引き上げや、規制緩和等での過去の事例において問題点があるじゃないですか

    橋本政権下での財政出動中下だったにも関わらず消費税たった2%引き上げによる景気の腰折れ現象

    タクシー業界などの規制緩和による悪影響

    上記のような悪影響もあるからするな と言う事じゃないんですよ

    我国は先へ進むには、相当な厳しい壁を盛り越えて行かないといけない

    その厳しい壁を乗り越えるには希望的な事を述べていても進めませんよ 壁を乗り越える為に少しでも痛みを分散させ国民の不満を少なくしていくような現実的な政策を考えないと、結局何をしてもこの国は不満だらけで実行出来ません

    政治家のせいにしていれば良いとか、閉塞感を打ち破る事を政治家が述べろって言っても、多くの問題点を抱えながら責任ある立場の政治家が、責任も無い評論家や専門家が「あ~すれば良い、こうすれば良い」なんていくらでも言えるんです

    私はそれこそ、責任も無い立場なら有識者としての専門家の知識人ならば、国民に恐れずデメリットも覚悟の上で「厳しくてもこうしたら、この国は壁を乗り越えていける」と唱えていくのが評論家の使命だと思うし、そうやって国民に対して選択をさせる方向性を各評論家が示すべきだと思いますね