関空でなぜ8000人も孤立した
9月4日に関西地方を襲った台風21号の被害により、関西国際空港が孤立したニュースは記憶に新しい。関係者の努力のおかげで、本稿執筆時点(9月21日)で、関空はほぼ全面復旧している。この事件を巡っては、連絡橋に衝突したタンカーの避難が適切だったのか、関空運営会社の危機管理、とりわけ孤立した8000人の救出や支援は十分だったのかなどがメディアで大きく取り上げられた。
しかしながら、そもそも台風襲来の時点でなぜ8000人もの人々が関空島にいたのだろうか。それは直前まで航空機の離発着が行われていたからである。関空の到着便は4日の10時過ぎ、出発便は4日の13時過ぎまで運行していた。避難に時間がかかることを考えると、4日は全面閉鎖して、他空港への振り替えを行うべきであった。関西国際空港が津波高潮に対して脆弱な空港であることは、防災対策に関わる人々には周知の事実だったのだから。
大阪大水害のシナリオと酷似していた台風21号
マスコミもほとんど報じていないが、今回の台風21号は、国土交通省が今年3月に発表した高潮による大阪大水害の発生と極めて似たシナリオであった。この想定は「大阪大規模都市水害対策ガイドライン」の中で細かく紹介されている。この被害想定によれば、最悪のケースで大阪湾岸を中心に大阪府だけで梅田などの都心部を含む8,450haが浸水するとされている。浸水地域の夜間人口は104万人と、これだけでもめまいがしそうな数字だが、昼間に発生すればより多くの人口が滞在していると考えられる。
今回は幸いにしてこのような大災害は回避された。しかし、台風21号は結果として第2室戸台風の高潮よりも高い潮位を各地で記録している。たかをくくって良い台風では無かったはずだ。
例えば、国土交通省の資料によれば、大阪市福島区では淀川の水位が台風の接近と共に急上昇している。淀川下流部では国道や鉄道を通すためにその部分については堤防の高さが低くなっている。そのため、国交省は市街地への浸水を防ぐために国道2号線、国道43号線、阪神なんば線を封鎖し、そこに防潮鉄扉を入れるという対策を行った。淀川の水位は9月4日の国道2号を最大21cm上回る高さまで上昇している。つまり、この対策がなければ大阪市内への浸水シナリオが現実になっていた。これは実に1979年以来39年ぶりの事態だったのである。
むろん国交省は良い仕事をしたわけだが、これを原子力発電所事故に置き換えれば、原子炉冷却のための外部電源を喪失したようなものだ。もしも水門の閉鎖に失敗したら、あるいは水門に何らかの不備があったとしたら、もはや市内への浸水を防ぐものは何もなかった。そのような危機的な状態であったことを認識している人はどれだけいただろうか。恐らく災害対応に関わられた人々は祈るような思いだっただろう。
大水害には大規模広域避難で備えよ
万が一大規模水害が現実のものになっていれば、政府はどのように対応する予定だったのか。このガイドラインによれば、住民は地域内の高台や中高層ビルの上階に避難することになっている。水位が下がれば人々は自宅に戻るという前提で、破堤から3日後にまだ取り残されるであろう8.2万人ほどを全力で救援する、そういう計画になっている。
この計画が本当に機能するのだろうか?想像してみて欲しい。真夏に電気も水道もない状態で、高層ビルやマンションに多数避難してきた住民が肩を寄せ合って救援を待つ状態を。そしてそれが8.2万人については3日間以上継続するという事態を。たった8000人が関空に孤立しただけでも、これだけの騒ぎなのだ。もし現実になれば、まちがいなく政権が一つ吹っ飛ぶぐらいのインパクトを持つだろう。
大型台風による高潮など事前に予想される大規模水害においては、市町村をまたがった広域での避難を柱とすべきである。
2001年に米国ルイジアナ州ニューオリンズを襲ったハリケーンカトリーナ災害では、浸水域に取り残された人々がスーパードームやコンベンションセンターに避難したものの、ライフラインも途絶えた中でその生活は過酷さを極めた。
我々が見過ごしてはならないのは、ニューオリンズ市はカトリーナの襲来前におよそ9割の市民を市外に避難させているのである。大規模水害への対応はそれでも困難を極めるのである。浸水域に100万人もの人口を残したままの災害対応がうまくいくはずがない。
都市の活動は止められる
今後温暖化の進行とともに、多くの研究者がより大規模な台風の発生を予想している。すなわち、今回以上の暴風と高潮の被害を受ける危険性は、大阪に限らず名古屋、東京などでも高まると考えれば、広域避難はますます重要な対策である。
もちろん、広域避難はそれほど容易なことではない。その地域の経済活動を数日にわたって停止することとなり、経済的な影響が大きすぎるという事情もあるだろう。数日間にわたり大量の避難者を受け入れることになる地域の負担も決して少なくはない。
しかし、筆者はこうした経済的負担については解消可能だと考えている。例えば、米国のハリケーン対応で広域避難が可能な理由の一つは、避難の周到な準備と訓練もさることながら、避難によってあらたに生じる生活費用をカバーする民間の保険が普及していることも一因である。
近年の金融技術や気象予測技術の発達は、これまで考えられなかったような自然災害のリスクをカバーする保険を次々に生み出している。保険をうまく活用しながら、いざとなったらみんなで逃げる。ますます凶暴化する自然への対処方としては、こうした方法を今後主流にしていかなければいけない。
永松 伸吾(ながまつ しんご)関西大学社会安全学部教授
専門は公共政策(防災・減災・危機管理)・地域経済復興。1972年福岡県生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程退学、同研究科助手。神戸・人と防災未来センター専任研究員、独立行政法人防災科学技術研究所特別研究員などを歴任。主著『減災政策論入門』(弘文堂)にて2008年日本公共政策学会著作賞。2010年、関西大学社会安全学部准教授、15年より同大教授、および南カリフォルニア大学プライス公共政策大学院客員研究員。日本災害復興学会理事。同年村尾育英会奨励賞受賞。ホームページ「減災政策研究室」。