飯野亮一著「居酒屋の誕生」。
京の着倒れ、大坂の食い倒れ、江戸の呑み倒れ。
単身の男性が極端に多かった江戸は、外飲み文化が極度に発達した。
いくつかピックアップします。
居酒屋の割合は、200年前も今も、東京は550人に一軒だったそうです。
江戸の人々はそんなに飲み屋がスキだった。
江戸市民と東京都民の飲酒量を比べると、アルコール換算すると変わらないといいます。
江戸の人々はそれほど飲んでいた。
安酒なら一合で4文ほど。50円程度。安い。
上酒で25文。300円程度。そこそこ。
まあ、それなら飲むよなぁ。
居酒屋は朝早くから営業していて、早朝から客が飲んでいたとか。
ああ、今も築地界隈でお目にかかりますな。
信長・秀吉時代に滞日した宣教師ルイス・フロイスは、「日本人は前後不覚に陥る異常な酒の飲み方をする」と評しています。外国では蔑視される行為が日本では自慢だったりするわけです。
200年前に開かれた大酒会では、菊屋のおすみが2升5合を飲み干したという記録。
女性の大酒飲み自慢というのは、豊かさの現れではないでしょうか。
「四十八癖」には、長屋の女房が昼の支度が面倒だからと、居酒屋から熱燗、ふぐの煮物、マグロの刺身を出前させ、近所の人と酒盛りを始める記述があります。
時代劇に登場する女性たちより幸せそうです。
鶏の鍋だけでなく、鹿や猪も18世紀には麹町あたりで供されていたといいます。
マグロは下魚としてないがしろにされていたとか。ぜいたくです。
西洋の食堂ではまず料理を選んでからワインを注文しますが、江戸の居酒屋では、今の居酒屋と同様、とりあえず何か酒を頼み、酒のあてとしての肴を注文していたそうです。
主役が酒なんですよね。
2020に向けて「酒飲み文化」を打ち出せないかな、と思っているのです。
竹芝を酒特区にしますかね。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年11月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。