金正恩氏よ、国民経済の発展は? --- 長谷川 良

北朝鮮の朝鮮中央テレビは6日午後12時半、特別重大報道を通じ、「初の水素爆弾実験に成功した」と発表した。韓国聯合ニュースによると、「同日午前10時に北朝鮮北東部の咸鏡北道・吉州郡から北側49キロ地点で地震が発生した。規模はマグニチュード(M)4.2と推定される。北朝鮮は過去3回の核実験では米国と中国に事前通告していたが、今回は実験計画を伝えなかった」という。北側は、「米国などの威嚇に対抗して生存権を守護するためだ」と説明している 。

CTBT
▲北朝鮮の核実験に警告を発するCTBTO(CTBTOのHPから)

韓国国防部当局者は6日、「北は昨年12月、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行った」と明らかにしている。北の水爆実験が事実とすれば、北の軍事力拡大は日韓米が推測する以上の早いテンポで進められているわけだ。

ところで、金正恩第1書記は1日、朝鮮中央テレビの放送を通じ、慣例の「新年の辞」を発表し、そこで今年5月開催予定の第7回朝鮮労働党大会にも言及し、党員、国民に党大会への結束を訴える一方、南北統一問題に積極的な姿勢を示し、「統一を望むなら誰とでも虚心坦懐に対話する」と述べている。もちろん、金正恩氏は「経済強国の建設」を強調し、人民生活の向上を最大課題に掲げることも忘れていない。

問題は、北が核実験を実施すれば、同国の国民経済は益々、国際社会から疎外され、発展が難しくなることを、金正恩氏は過去3度の核実験から学んでいないのか、という点だ。国連の対北経済制裁が北の国民経済の発展にとって大きなハードルとなっている。外国企業が投資したくても国連の制裁がネックとなる。北で人道支援をする非政府(NGO)関係者は、「制裁が障害となって支援器材や資金の流通も容易でない」と吐露しているほどだ。国連総会は先月17日、北朝鮮の人権侵害の責任者を国際刑事裁判所(ICC)へ付託する国連安保理決議案を採択している。今回の核実験で新たに追加制裁が採択されるのは目に見えている。

1995年に初めて訪朝して以来、20年間余り、北をフォローしてきた米スタンフォード大国際安全協力センター客員フェローのカタリーナ・ツェルベーガー女史は5つの「M」を掲げ、北朝鮮が発展していくために必要なハードルを提示している。①マネー(資金)、②マーケット(市場)、③モビール(自動車)、④モバイル(携帯電話)、⑤ミドルクラス(中階層)だ。

5Mの中で唯一、現実的に見えるハードルは③だけだろう。韓国統計庁が先月15日公表した北の携帯電話加入者数は2014年、280万人。人口100人当たり11人が保持しているという。金正恩政権発足した11年には100万人の大台を突破し、13年には242万人と伸びている。それでも、総人口以上に多くの携帯電話を所持している韓国とは比較にならない。

欧州の代表的北問題専門家、ウィーン大学東アジア研究所のルーディガー・フランク教授は、「北では経済問題と言えば、即政治問題となる。純粋な経済問題について話し合うことが難しい」と指摘する。すなわち、北ではリベラルな経済路線は即、国内の治安問題と関連するから、政治的配慮が優先され、純粋な経済政策が実施できないというわけだ。
 
金正恩氏は国民の生活を改善したいのだろうか。韓国と北朝鮮が経済協力事業を行う開城工業団地では韓国人1171人が働いている。様々な経済特別区の設置も開く。李洙墉外相が20日にスイス・ダボスで開幕する世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)に出席する見通しという。北朝鮮代表団がダボス会議に出席するのは1998年以来だ。

ひょっとしたら、金正恩氏は真剣に国民経済の活性化を願っているのかもしれないが、国民は笛吹けど踊らずといった様相が濃い。平壌では少数だが富豪家も現れ、貧富の格差が見られ出したが、国民経済を活性化するほどの影響はない。

正恩氏が政権就任後、党・軍幹部を100人以上公開処刑してきたこともあって、同国のエリートたちは委縮している。恐怖政治では持続的な経済活動は出来ない。

なお、ウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)のラッシーナ・ゼルボ準備委員会事務局長は6日、「北の核実験は国際平和と安全を脅かすものだ」と強く批判し、「北朝鮮は更なる核実験を制御し、183カ国が署名したCTBTに迅速に加盟すべきだ」と述べている(「CTBTO事務局長、北と昨年接触」2015年9月12日参考)。

金正恩氏は8日、33歳の誕生日を迎えることから、「核実験は金正恩氏へのプレゼントだった」という情報が流れている。その真偽は別として、4回目の核実験が国民経済の発展に致命的なダメージを与えることは間違いないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年1月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。