ビジネスパーソンにとってお酒は、社内外のコミュニケーションを図るうえで、またときにはビジネスを加速するうえでも重要なものです。
しかし一歩間違うと業務や健康に支障をきたすものでもあります。先週には国土交通省が、航空機のパイロットに義務付けるとして検討中の飲酒検査の対象に、航空管制官も加えることを明らかにしました。
航空機の乗務員の飲酒をめぐっては、昨年に飲酒による遅延や欠航が相次いだことから常務前後のアルコール検査を義務化、それまで国として規定されていなかったアルコール基準値を設定することが検討されています。
飲酒は従業員の自己責任の範囲?
航空機をはじめ鉄道やバスなどの乗務員について、業務時間中だけでなくその前の飲酒を会社側が管理することは安全な業務遂行上とても重要です。それは飲酒によって血中アルコール濃度が高くなるほど運転技能が低下し、事故率が高くなるためです。
アルコールは飲酒後数時間、飲酒量によっては半日近く残り続けるため、安全に乗務するためには業務時間外の飲酒にも一定のルールを設けなければなりません。
一方で、人命に直接かかわる業務でなければ、会社が従業員の飲み方を管理することはきわめてまれです。業務時間外にどんなにお酒を飲んでも、就業時間中に仕事ができれば差し支えないというスタンスです。従業員としても、業務時間外は好きなように飲みたいと思う人が大半ではないでしょうか。
ところが長期的にみると、そうとも言い切れません。会社が従業員のお酒の飲み方に無関心でいるのは経営戦略の面ではリスクにもなりえます。お酒は飲んだ直後のパフォーマンスだけではなく、中長期的な健康にも影響を与えることがあるためです。
適度な飲酒は健康によいのは本当か?
たとえば、複数の研究から、高血圧・脳出血・高脂血症などは飲酒量が多くなるほどリスクが高まるといわれています。また肝硬変は、所定の飲酒量まではそれほどリスクを高めないものの、あるラインを超えると急激に高める可能性が示されています。
しかしながら、ちまたではよく「酒は百薬の長」「適度な飲酒は体に良い」ともいわれます。実はこれにも根拠があります。虚血性心疾患や脳梗塞、2型糖尿病などについては、全くお酒を飲まない人よりも、ある程度お酒を飲む人のほうがむしろリスクが低いという報告もあるのです。
このようなお酒と健康との関連性は現在も世界中で研究が続いており、年代、性別によって結果が異なることも示されています。ですから一概にお酒は体に悪いとはいえませんし、逆に良いともいえません。
ただ、飲みすぎが良くないことはほぼ間違いありません。WHOによると、過剰な飲酒などアルコールの濫用は、飲酒運転や暴力のような社会的な問題のほか肝機能障害や心疾患、がんなど200以上の健康被害と関連があると指摘しています。2016年に全世界で死亡した人のうち5%以上は飲酒関連が原因であったとして、全世界のアルコールの消費量を2025年までに2010年より10%削減することを目標にも掲げています。
飲みすぎによる経済損失は4兆円以上!
不適切に過剰な飲酒は、社会的な問題や経済損失も招きます。厚生労働省研究班が行った推計によると、有害な飲酒によって病気になりかかった医療費、死亡による逸失賃金、仕事のパフォーマンス低下などのコストを合計すると、約4兆1500億円とみられています。これは、約1兆5000億円の酒税収入を上回る規模です。また、前回も触れたたばこによる経済的損失をも上回っています。
出典:アルコール関連問題の社会的損失の推計(2012、尾崎)
出典:依存症80万人・経済損失4兆円に達する「アルコールの有害使用」
この推計では、飲酒による社会的な効用は考慮されていません。たとえば飲み会によって社内のコミュニケーションが円滑になり生産性が向上したとか、取引先と宴席を設けたことでビジネスが発展したといったメリットは抜きにして、コストのみを計算したものです。
ですからこの結果だけを根拠に「お酒は仕事に悪影響をもたらす」といえるわけではありません。ただ、お酒との付き合い方を誤ると健康を害するだけでなく、経済的なデメリットも大きいことは知っておいて損はないはずです。
社内の健康づくりでも節酒は重要課題になりつつある
このように、飲酒の健康面、経済面での影響が明らかになるなかで、福利厚生の充実や健康経営の観点から従業員の健康づくりに取り組む企業の中には、飲みすぎを防ぐ取り組みに着手するところも出てきています。
情報通信用電線などを手掛けるフジクラは、健康保険組合が持つレセプトデータや健康診断結果を分析して、従業員個々人のリスクの状態に合わせ複合的な取り組みを行っています。肝機能が低下傾向の従業員には節酒プログラムに参加させ、飲酒日記をつけたり教材を視聴したりしてもらい、飲酒量の減少や肝機能の改善に成功した例もあるそうです。
しかし飲酒は業務時間外の問題でもあるため、全社をあげて取り組むにはハードルが高い企業も少なくありません。そこで、小さなことからでも取り組みやすいように、自治体がマニュアルを作り、事例を紹介して従業員の健康づくりを支援しているところもあります。
東京都が都内の企業向けに作成した職場の健康づくりガイドブックでは、健康づくりに取り組む企業の実例を複数紹介しています。社員数数名の中小企業の中にも、お酒との付き合い方をレクチャーする、健康診断時に行うアンケートから飲酒量が多い従業員に個別面談を行う実例があるといいます。
沖縄県那覇市では、市内の企業向けに「職場の健康実践ガイド」を配布。このなかで、食事、禁煙のほか飲酒を含めた生活習慣を点検するための「働く人の健康点検10ヶ条」を掲げています。
飲みすぎ対策として
①問題飲酒者に対する具体的指導
②パンフレット・ビデオを利用した教育
③講演会・研修会の実施
④健康診断結果と飲酒との関連の検討
⑤会社の行事での飲酒を控える
ことを呼びかけ、職場での飲み会を24時までに終了させている実例もあると紹介しています。
お酒を飲む女性が増えている
実は日本では、習慣的にお酒を飲む人が男性では減少傾向にあります。厚生労働省の国民健康・栄養調査(2017年)によると、週に3回以上、1日あたり1合以上飲む人の割合は男性で33.1%で、2003年の37.4%から4ポイント低下しています。一方でお酒を飲む女性は6.6%から8.3%へ増加しており、生活習慣病のリスクを高めるほどの量を飲んでいる人も増加傾向にあります。
出典:平成29年国民健康・栄養調査「飲酒習慣者の割合の年次推移(性・年齢階級別)
健康を維持するうえで節度ある適度な飲酒の目安は、純アルコールで1日平均20グラム程度とされています。これはおおよそ、ビールなら中瓶1本分(アルコール度数5%、500ml)、日本酒なら1合(アルコール度数15%,180ml)、ワインなら2杯弱(アルコール度数12%、1杯120mlの場合)、ウイスキー・ブランデーならダブル60ml(アルコール度数43%)、焼酎(アルコール度数35%)なら水割り2杯(45ml+水)分にあたります。
日頃から飲む人は、日本酒1合、ビール1本が1日の目安ということになります。これは、この量まで飲む人の死亡率が最も少ないという研究結果に基づいています。
ただし、女性やお酒に弱い人はアルコールの代謝能力が低いため、より少量が適切とされています。お酒を飲むときには、節酒の目安を意識して飲むとともに、同席する人もそれ以上勧めない配慮が大切です。
かつてに比べて女性が仕事の付き合いで飲む機会が増えている、あるいは仕事のストレスでお酒を飲む習慣が女性にも広がっているといった統計的なデータは今のところなさそうです。
しかしもし仮に女性の社会進出が飲酒量の増加に影響しているのであれば、企業が従業員の飲酒対策に取り組むのは極めて自然なことでもあります。
これから、ビジネスシーンにおけるお酒の存在感は、「飲みにケーション」から健康づくりの観点へ大きく変わっていくような気がします。
加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、健康経営アドバイザー
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト
この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。
『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。