子供たちの「遊ぶ権利」
ダボス会議、初日の続き。1月26日午後16時過ぎ、著名な起業家である Scott Cook氏と1時間あまり話をした後、次のセッションに向かうと、二人の190センチ近い大男に出くわした。
“Hi Daisuke! Have you met Johann?”
声をかけてきた顔見知りの男性は、ジェフリーサックス・コロンビア大教授の右腕としてアフリカ開発支援のNGO「ミレニアムプロミス(Millennium Promise)」のCEOを務める、ジョン・W・マッカーサー。
彼の横にいたのが、1990年代の冬季オリンピックで金メダルを何個も獲得し、史上最高のスピードスケート選手とも評されるノルウェー人のヨハン・コス。今は、「ライト・ツー・プレイ(Right to Play)」、訳すなら「遊ぶ権利」なる、アフリカの子供たちにスポーツを通じてチームワークや社会生活を教えるNGOの代表を務めている。
ちょうどこの日、米Huffington Postで大きなインタビュー記事(”An Olympian’s Soccer Ball Diplomacy“)が載っていたので話をしてみたいな、と思っていた相手だったので、ひとまず次のセッションには向かわず、彼とジョンと話しこむことにした。
ヨハンは現役生活を引退後、国連のアスリート大使として途上国を訪問しているうちに、子供たちにとって衣食住といった生きていくためのニーズに加えて、「自由に遊べること」こそが大切だということを思い出したという。
特に、難民キャンプの子どもたちは、破壊や暴力などばかり目にして育っており、仲間と楽しく、仲良く遊ぶということを知らずにいる。しかし、皆でスポーツをやることは、教育的な効果も大きい。
そこで、教育と密接にリンクしたスポーツのプログラムを開発し、紛争が起きた後の地域などにスタッフで訪れて、一緒にスポーツをやるという活動を始めた。
そして、ここからは欧米らしいのだが、その活動の効果を科学的に把握する努力を重ね、例えばそれが子供の自尊心を高め、平和にコミュニケーションを取る能力、攻撃的な行動の抑制などにポジティブな効果があることを示した。彼らは遊びを学ぶだけでなく、争いなくして問題を解決する能力、より広く社交的に生活する術を学ぶという。
これは完全に余談だが、この大柄のノルウェー人が、最近、ハーバードMBA卒のアジア系アメリカ人と再婚したというのも興味深い。
「僕らは東京にはオフィスがないんだ。もし興味がありそうな人がいたら、ぜひ紹介してくれ」
黒い眼鏡の奥に鋭い眼光を放ちながら、そのように依頼された。
貧困の終焉
もう一人の大男、ジョンがCEOを務めるミレニアムプロミスとは、1年前から北岡伸一・東大教授夫妻から依頼を受け、日本法人の理事を務めていた関係で、よく知る間柄だった。昨年5月、タンザニアで開催された世界経済フォーラムの際に、飛行機で1時間内陸に向かい、彼らが支援するムボラという農村を見学に行った間柄。
ミレニアムプロミスは2000年に国連で採択された「ミレニアム開発目標*」を実現するために、2005年に設立されたNGOである。
* 外務省のホームページによれば、ミレニアム開発目標の概要は以下の通り:
2000年9月ニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットに参加した147の国家元首を含む189の加盟国代表は、21世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言を採択しました。このミレニアム宣言は、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス(良い統治)、アフリカの特別なニーズなどを課題として掲げ、21世紀の国連の役割に関する明確な方向性を提示しました。
アフリカ支援をするNGOは無数にあるが、彼らがユニークなのはその規模と、アフリカ大陸から極度の貧困を撲滅させる戦略的かつ具体的なプランを持っていることだ。
例えば農業技術の支援だとか、就学支援をやるNGOはある。ミレニアムプロミスはそれぞれ個別にやるのではなく、村落単位で介入をし、水道や電力のインフラを整備し、農業技術向上の支援を行い、そこで取れた農作物で学校に給食を提供し、校舎や簡易医療クリニックを建設し、地元の人たちをヘルスワーカーとして訓練する。かつ、あくまでも持続可能性を重視するので、地元政府やコミュニティを主体として巻き込み、あくまでサポート役に徹する。今やアフリカ10カ国で80近くの村を支援し、約50万人の生活を改善している。
彼らは農業、インフラ、医療、教育など多岐に渡って数値を計測・管理しており、これまでも農業の生産高が3倍に増え、きれいな水にアクセスできる人たちが2割から7割近くに向上し、8割近くの小学校で給食を提供したことで就学率も大幅に上がってきている。
ここで得られた実績を示すことで、今後は幅広くアフリカ諸国の政府や諸外国、民間セクターからの支援を受け、4億人を「極度の貧困」状態から救い出したいとしている。年間一人100ドルがあれば、上記で示したベーシックな支援策は提供できるということも実証しているので、年間4兆円があれば「極度の貧困」を撲滅できると試算している訳だ。
「国連のミレニアム開発目標に関するレポートは、ジェフの下で僕がほとんど書いたから、ミレニアムプロミスを立ち上げるときは必然的に関与することになった。今でもコロンビア大で教えているけど、6-7割の時間はミレニアムに使うようになったよ」
真のエリートとは、時代や国境を越えて「公」のことを考えることができる人材である。同じYGL(Young Global Leader)である彼らの活躍を間近で見ることは、多いな刺激になる。
気がつくと、参加を予定していたプレゼンテーションは終わっていた。でも、講演を聴くよりも、このようにサイドでお茶を飲みながら行われる会話にこそ、ダボス会議の醍醐味がある。そのようなことを、初日から体験し始めていた。
コメント
この記事で触れられているような視野の広い話を聞くとワクワクしますね。それに対し、日本の政治の視野の狭さと言ったら…。