台湾の総統選挙戦が来年1月11日の投票日に向けて動き出した。政権与党民主進歩党(民進党)の候補者選びが最大野党国民党に先んじて始まり、3月22日に予備選立候補を締め切った。今後のスケジュールは4月4〜9日に政権発表会、4月10〜12日に世論調査、そして4月17日が候補者の発表だ。
届け出た立候補者は前行政院長の頼清徳(1959年生)と現総統の蔡英文(1956年生)。これに陳菊秘書長(1950年生)を加えた3人が民進党のトップスリーだから、その内2人が対決する訳だ。が、敵は外にいるのだから互いに非難し合うような泥仕合にならないことを祈りたい。
蔡英文は2016年1月の総統選で690万近い票を得て、380万票の国民党の朱立倫(1961年生)以下に大差をつけ初当選した。蔡総統の下に、台南市長だった頼清徳が2017年9月に行政院長に就任、続いて高雄市長だった陳菊が2018年4月に秘書長に馳せ参じて蔡政権を支えていた。
が、昨年11月の統一地方選で民進党は惨敗した。それも総得票数で国民党610万に対し民進党490万票の大敗だ。責任を取って頼清徳は行政院長を、蔡英文は民進党主席をそれぞれ辞す羽目になった。民進党の牙城だった高雄市長さえも国民党新人の韓国瑜(1957年生)に奪われた。
エーストリオで臨んだ統一地方選で民進党がなぜ敗れたか。筆者なりに分析すれば、その理由は国民党の馬英九(1950年生)が民進党から総統を奪回した2008年や再選された2012年の総統選とは少し様相が異なる。馬英九の時は大陸で働く台湾人を帰国させて動員するなど中国からの強烈な圧力があった。
今回は僅か3千票差で国民党候補に競り勝ち台北市長に再選された柯文哲(1959年生)は無所属の医者だし、高雄市長になった韓国瑜もかつては国民党の立法委員だったがそれも2001年までで、その後は台北の青果市場長だった。むしろ韓国瑜のキャラは濃いが政党色の薄いころが、地元でもない国民党嫌いの多い高雄で受けたのだろう。台北も高雄も党より人ということだと思う。
他方、蔡政権の支持低迷要因には、雇用や年金の改革などに見られるような皆に満遍なく不満が残るような、如何にも学者らしい直截的過ぎる政策が挙げられている。筆者はそれに加えて民進党のリベラル過ぎる政策も敬遠された様に思う。それは先の国民投票に表れている。
3月12日の投稿でも触れたが、民進党は国民投票の要件を大幅に緩和して以下の10項目を投票に掛けた。
7)火力発電量年間平均1%以上削減(同意40.27%⇒可決)
8)火力発電新増設反対(同意38.46%⇒可決)
9)3.11被災地産物輸入解禁反対(同意39.44%⇒可決)
10)結婚を男女に限定(同意38.76%⇒可決)
11)小中校でのジェンダー教育反対(同意35.85%⇒可決)
12)同性での永久同居権保護(同意32.40%⇒可決)
13)台湾の名前で東京五輪参加(同意24.11%⇒否決)
14)同性の結婚に賛成(同意17.12%⇒否決)
15)小中校での性教育/同性愛教育実施(同意17.75%⇒否決)
16)2052年までに原発を閉鎖する条項の廃止(同意29.84%⇒可決)
発議者は国民党や各種団体など様々だがどれもリベラル色の濃い項目が並ぶ。が、結果は同性婚や学校でのジェンダー教育、そして民進党の看板だった原発廃止などがいずれも否決され、台湾名での五輪参加も否決された。変化を望まない保守的ともいえる目下の台湾人の民意が反映されたように見える。
台湾では昨年11月の地方選以降、来年1月の総統選を占う世論調査が何度か行われている。その一つで「新台湾国策智庫」(シンクタンク)が2018年12月20日に発表した結果は以下のようだ。()内は支持率を示す。呉敦義(1948年生)は国民党の現主席で1990年代には高雄市長を2期務めていた。
1)蔡英文(41.4%)、呉敦義(29.4%)
2)蔡英文(27.8%)、朱立倫(53.6%)
3)頼清徳(60.3%)、呉敦義(19.9%)
4)頼清徳(41.0%)、朱立倫(43.8%)
5)蔡英文(19.1%)、呉敦義(14.1%)、柯文哲(53.3%)
6)蔡英文(17.2%)、朱立倫(32.5%)、柯文哲(41.1%)
7)頼清徳(34.4%)、呉敦義(11.9%)、柯文哲(43.5%)
8)頼清徳(28.2%)、朱立倫(29.5%)、柯文哲(34.3%)
結果を見る限り昨年末時点での人気は、呉敦義<蔡英文<頼清徳<朱立倫<柯文哲の順だ。柯文哲が総統選に出るようなら、さぞ旋風を巻き起こすことだろう。もう一つ、国民投票では台湾名での東京五輪参加が大差で否決されたのに、民進党内でも台湾独立派の頼清徳支持が蔡英文を10数ポイント上回っているのは少々理解しにくい。
世論調査は時期や対象や質問の仕方次第だから余り当てにならないということか。が、低迷していた蔡英文の支持率も1月の習近平の一国二制度演説に即座に反論して若干回復したようだし、3月21日からの外遊ではハワイでの台湾関係法成立40周年祝賀会に出たり、保守派のヘリテージ財団などと懇談したりするなど存在感を高めている。
が、もし出馬となれば柯文哲以上に話題と得票を集めそうなのが韓国瑜高雄市長だ。最新の世論調査では柯文哲人気をも凌駕しているらしい。とはいえ一期目を無難に務めて二期目も競り勝った柯台北市長と違い、韓国瑜は昨年11月に高雄市長になったばかり、市長としての手腕も未知数だ。中途半端で中央に出て高雄人の期待を裏切れば、大票田のしっぺ返しだって食いかねない。
また韓市長は3月22日に香港、23日にマカオを訪問し、中国中央人民政府駐香港特別行政区連絡弁公室(中連弁)主任と同駐マカオ特別行政区連絡弁公室主任に各々面会した。25日には本土の深圳で中国の対台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の劉結主任と面会した。
彼はこれら訪問の目的は高雄の農水産品の売り込みだとしている。が、それにしては機微な肩書の面会相手だし、中国との人的交流を定めた「台湾地区・大陸地区人民関係条例」に違反の疑いもある。面会先で「92年コンセンサス*」支持を表明したことへの批判もある。キャラクターや行動力は買うが、慎重さが少し必要かも知れぬ。(*一中各表…中国は一つ、の各々の考え方。国民党=中国は一つで大陸は台湾の一部。中国=中国は一つで台湾は中国の一部。民進党=コンセンサス自体を認めない)
因みに各候補の出自はと言えば、蔡英文=本省人(客家と原住民の血を引く)、頼清徳・柯文哲=本省人(両名共医者)、朱立倫・呉敦義・韓国瑜=外省人だ。が、筆者も何度か投稿に書いたように、戦後70年以上、民主化後30年が経ち、世代交代も進んでこの色分けが過去のものとなりつつあることも念頭に置きたい。
筆者の願望は頼清徳総統だ。その時は蔡英文には意地を張らずに副総統に回って欲しい(安倍・麻生コンビの例もある)。頼は3月19日に李登輝元総統を訪問し教えを乞うたようだ。なるほど蔡と頼に共通して必要なのは、蒋経国の下で雌伏して総統の座を占め、徐々に国民党の古参を排除し、民主化を進めつつ中国も抑え込んだ李登輝の強かさと老獪さに違いない。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。