米社会の「システムエラー」とは何か

米国大統領選挙は“敵対国の格好の攻撃対象となる”と最近頓に痛感する。特に、1期4年間、大統領を務めた後の再選を目指す現職大統領の場合、殊更その感がある。トランプ大統領の話だ。リベラル派のメディアに常にバッシングされてきたトランプ氏の場合、自ら災いの種を蒔いた面があるが、余りにも敵が多すぎるのだ。米民主党から世界のリベラル派メディアまで、トランプ批判が報じられない日はない。

▲親の代からの聖書の上に手を置き宣誓式に臨むトランプ新大統領(2017年1月20日、CNN放送の中継から)

▲親の代からの聖書の上に手を置き宣誓式に臨むトランプ新大統領(2017年1月20日、CNN放送の中継から)

独週刊誌シュピーゲル(9月14日号)は元米中央情報局(CIA)職員で現在モスクワに逃亡中のエドワード・スノーデン氏(36)とモスクワのホテルで単独会見したが、スノーデン氏はトランプ氏について、「彼自身が問題なのではない。彼はアメリカの社会システムの所産だからだ。彼はシステムエラー(System error)の結果だ」と主張している。要するに、トランプ氏は米社会システムが生み出した“間違った結果”だというわけだ。スノーデン氏の「トランプ評」はリベラル派メディアの所産、ともいえるかもしれない。

再選を願うトランプ氏は大統領の権限を駆使して政敵への反撃に出ているが、その言動は政敵に読まれている。民主党の次期大統領有力候補のジョー・バイデン氏(前副大統領)の家族のウクライナ、中国でのビジネスの違法性の捜査を関係国に要請したが、ホワイトハウスの身内からその情報がメディアに流れ、連日叩かれている、といった有様だ。

身近な例を挙げる。7カ月ぶりにストックホルムで開催された米朝実務協議後の記者会見を振り返ると、再選に腐心し、北の非核化問題を棚上げするトランプ氏は北側に完全にその足元を見られ、舐められている。

ハノイで2月末に開催された第2回米朝首脳会談まではトランプ氏は有利な交渉を展開させ、北側を窮地に追い込んだが、金正恩氏はその後、中国との関係強化に乗りだし、ロシアを巻き込むなど積極的な外交を展開し、態勢を立て直した。その後、北側がトランプ氏の弱点“再選病”を巧みに利用し、従来の瀬戸際外交に乗り出してきたわけだ。

朝鮮中央通信は米朝実務協議開催直前、「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射し、成功した」と報じた。潜水艦からの弾道ミサイル発射はトランプ氏の忍耐がどこまでかを測るリトマス試験紙だろう(米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は潜水艦からの発射ではなかったとの分析結果を明らかにしている)。

スウェーデンのストックホルム郊外で開催された米朝実務会議後の米朝代表団の発表を読めば、米朝交渉の力関係が理解できる。北朝鮮首席代表の金明吉巡回大使は5日、「協議はわれわれの期待に応えられず、決裂した」と主張し、米国側を一方的に批判。一方、米国務省のオルタガス報道官は「良い議論ができた」と評価するコメントを発表した。米朝間で実務協議の評価が真っ二つに分かれているのだ。

北側の声明では、「米国はわれわれが要求した計算法をひとつも持ってこなかった。われわれが要求した計算法は米国がわれわれの安全を脅かし発展を阻害するあらゆる制度的装置を除去する措置を実践で証明すべきということ」、「核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)試験発射中止が維持されるかは全面的に米国にかかっていている」(韓国中央日報日本語電子版)というのだ。

米国側は、「2週間後、米朝実務会議の再開を提案したスウェーデン政府の意向に応じる考えだ」と表明する一方、北側は、「今回の朝米実務交渉が失敗した原因を大胆に認め是正することによって、対話の火種を生き返らせるのか、対話の門を永遠に閉ざすかは米国にかかっていている」(中央日報)と述べている。北側は、ストックホルムの米朝実務交渉をはっきりと「失敗」と断言しているのだ。ハノイの米朝首脳会談の逆転だ。

金正恩氏は対北制裁の解除を獲得するために、トランプ氏へこれまで以上に圧力を強めてくるだろう。「トランプ氏が決断を渋っている」と判断すれば、核実験を実施する可能性も排除できなくなってきた。大統領選までに朝鮮半島で武力衝突が生じることを恐れるトランプ氏はその時、どのように対応するだろうか。「金正恩氏はもう友人ではなくなった」といった程度の対応では済まなくなるのだ。

あれも、これもトランプ氏の大統領としての資質が問題というより、米国の大統領選システムが敵国(独裁国家)の攻撃の的となっているのだ。その意味で、スノーデン氏の「米社会のシステムエラー」という指摘は案外、正鵠を射ている。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年10月7日の記事に一部加筆。