台風19号襲来の前に ~ 15号に伴う館山市災害ボランティア所感

(台風19号の襲来が予測され、先の台風被害の報告をすることで何かの一助になればと筆を執りました。)

9月8日からの台風15号の影響で、中野区との連携自治体「千葉県館山市」は甚大なる被害を受けた。

中野区の支援としては、9月13日(金)にブルーシート1500枚、トラロープ100束の支援物資を届け、住家被害認定調査業務・災害ごみの収集運搬作業の支援をするために職員を派遣させていただいた。

中野区議会自由民主党議員団有志は9月21日(土)・22日(日)に災害ボランティアとして、現地へ伺った。

また有志一同は館山市民との交流があり、私も父の故郷であり、幼少期によく遊びに行った地である。

初日はボランティアを行いながらも、偶然にも館山市長、副市長、市議会議員、市職員、区長(市における町会長、以後、町会長)にもお話を伺うことができたため、現地視察の色合いが濃いものとなった。

副市長は、私の父の高校の同級生であり、驚きを隠せなかった。

以下、現地の一部の地域、様々な方々から聞いた話を私の見解で整理したものであり、表現や内容に誤りがあればご指摘いただきたい。

台風に対する対応

地域の方々に伺うと、夜間の通過が予想されていた台風に対して、市の職員は公民館に泊まり込みで、避難所開設していたが、通過後、公民館から去っていった。

職員はマニュアル通りに業務を遂行されたと思うが、台風による被災情報を市役所に持ち帰ったか疑問に思うほど、台風通過直後の市役所の対応がなかったとのことだった。

しかし市役所での対応を聞くと、市役所には多くの被災者がいらっしゃり、ブルーシートの配布、被災状況の確認等で職員が各地域で対応できない状況であった。

東日本大震災以降、自然災害に対して想定外を想定内にしようということで、想像を働かせようとするものの今回の災害は想定外であった。

台風による風水害という項目があるものの、主には水害であり、風害についてはほとんど触れられない。

館山市地域防災計画(平成31年4月1日現在)において、台風の風害については風2-10、11ページの2ページのみである。

かく言う中野区地域防災計画においては台風の風害に対する計画は明記されておらず、どの自治体も同様である。

風圧により、屋根が下から突き上げられ、屋根の浮き上がり、瓦の飛散などを想定できなかった。

建物の構造上、上からの力には強いが、下からの力には弱かった。

千葉県の被災状況がメディアで報じられるのに時間差があったように、誰もがこの被害を想像できなかったわけである。

地球温暖化に伴う気候変動が進む中でどのような災害が起こるのか、まだまだ想像が足りていない。

台風直後の対応(地域)

しかし想像が足りていたとしても、結局は市職員のみで対応できるものではなかった。

災害ゴミが散乱し、無政府状態になってきた地域はいわゆる町会が対応し、秩序を保っていた。

台風で屋根が破損した公民館を拠点として、地域の方々が集い、地区外からのボランティアセンター(以後、センター)の設置をし、公共スペース、私有地にゴミ集積所を定めていた。

災害ゴミの運搬、ブルーシートによる屋根の補強など、みんなで力を合わせており、その中心には町会があった。

有事の際に市職員では対応しきれるものではなく、地域の方々の力が必要なのである。

地域包括ケアシステムの構築で各自治体が頭を悩ませている時期であるが、やはり基準は町会・地域であり、自治体が管理しやすい体制を意識している時点で町会・地域との連携を図ることはできない。

台風直後の対応(市役所)

センターを運営する社会福祉協議会は市役所内にあるため、あらゆるニーズが市役所に集中した。

発災直後は市役所にブルーシートの配布、体制を整えることに注力し、地域へのフォローが行き届かない状況であった。

声を上げた地域の災害情報は入っているものの、声を挙げられない地域の災害情報を取りに行くほどの余裕がなく、本当に支援が必要な地域ほど対応が遅れがちだったように見受けられた。

数日後の対応(センター)

数日経過し、情報と人と資材が集まり始めるとセンターは災害対応のために様々なマッチングを行う。

センターに来た有志は受付、オリエンテーション、マッチング、送り出しの過程を踏んで現地へ向かう。

私たちが受け付けた時には300人ほどの行列があり、センターに依頼があれば、その必要な人数、資材をもって、現地に伺う。

しかし誰でもいいわけではなく、ブルーシートを屋根に貼る作業は死傷者がいるということで、高所作業の従事者・経験者でなければならず、特に経験のない私は一般というカテゴリになり、その歯がゆさを感じた。

割り振りは市外の社会福祉協議会の方々がその役割を担っていた。

私はセンターのマッチングで2階の屋根が破損して、濡れてしまった畳、布団等の処分をするミッションをいただいた。

8人のチームが編成され、一人は軽トラックでの参加で、ロープ、ハシゴをセンターでお借りして、現地にいった。

現場につくと80歳くらいの被災者の女性が困っておられた。

チームには女性2人がおり、被災者の心のケアをしながら、亡くなられた被災者の旦那さんの遺品の対処方法について伺っていた。

6人の男性は畳、布団の対応に当たったが、そもそもどこに置けばいいのか、センターに伺い忘れていた。

そこでその渉外担当を私がすることになった。

まずはセンターに家庭から出る災害粗大ゴミの処分方法に問い合わせ、その町会に集積所があれば、そこに運搬、なければ市役所環境課に問い合わせるようにいわれた。

そこで被災者に町会長の連絡先を伺おうとしたところわからないため、隣人に町会長の連絡先を伺った。

そして町会長にそのような集積場所が町会にあるか伺うとないとの回答だったため、環境課へ連絡した。

結果的に被災者宅の駐車場に保管し、災害対応が落ち着いたら、市の職員が回収にくるという運びになった。

私は仕事柄、日々調整をしているために大した作業ではないが、一般の方には大変なことだと感じた。

対処方法の確認が終わったころには、ほぼ力仕事はせず、不完全燃焼だが、調整役も必要と自分を納得させる。

それぞれメンバーが使命感と能力を持って、行動をした。

終わったときには、チームに絆が生まれており、清々しい気持ちになった。

今後の対応(各個人)

とりあえずの対処はできたところだが、屋根が修復できている家庭がほぼない中、新たに台風19号が日本列島を襲う。

今後、住み続けられるかわからない住宅をどうしていくのか、長く険しい戦いが始まると、現地の方々とお話しさせていただき、心打たれた。

これから各自治体が考えるべき事項(被災地以外)

多くの方々がボランティアに現れ、広大な駐車場が必要である。

館山市ではそのスペースが確保できていたが、中野区ではボランティアセンターが中野通り沿いのビルの一角にあり、駐車スペースは一台もなく、また人が行列をなすスペースもない。

臨時のセンターの場所の確保が求められる。

それだけの車を置く場所が必要である。

想定がまだまだ足りないと実感させられた。

加藤 拓磨   中野区議会議員 公式サイト