ここ数日の中国紙Global Times(GT)とChina Daily(CD)のネット版によるNBA批判は常軌を逸している。GTは10月5日の第一報から10日午前0時までに22本、CDは10月6日以降10日深夜2時までに12本の記事や社説を載せた。共に英語版なので外国人(在外中国人を含む)に読ませることを意識した報道に違いない。
In history, Chinese civilization, like its counterparts, suffered enormous invasions and conquests from the outside, yet it is the only one that survived all the catastrophes. One of the most important reasons for this is our sense of unity. Those ties define the Chinese nation.
— China Daily (@ChinaDaily) October 9, 2019
香港に起因するNBA騒動は後述するが、実質5日間に両紙で34本ものNBA批判を載せる様は、却って中国が香港問題で如何に参っているかを際立たせる。米中貿易戦争の他にも一帯一路に象徴される覇権主義やウイグル・チベットを始めとする人権侵害など、今や中国は世界を敵に回している感がある。
ロイターは9日、米国がウイグルでの人権侵害を理由に中国当局者に対するビザ発給を8日から制限したのに対抗して、中国が反体制派と関係する米国人へのビザ発給規制を強化する方針と報じたし、10日のAFPは、香港デモ隊がアップルの地図アプリで警官の居場所を特定しているとして、中国がアップルを非難したと報じた。
今回のNBA騒動、発端はNBAのロケッツのGMダリル・モリーの土曜日のツイート「自由のために戦おう。香港と共に立ち上がろう」だ。その晩GTが「ロケッツのGMが香港暴徒を支持、中国のネット民をイラつかせる」との記事で、ネット民がWeiboに「モリーが中国に内政干渉する権利はない」、「香港は中国の一部だ」などと書き込んだと報じた。
驚いたロケッツのフェルティッタ会長は「モリーはロケッツの代弁者でないし、我々は政治団体でもない」とツイート、モリーGMもツイートを削除し「友人の感情を害するつもりはなかった」、「ロケッツやNBAの立場を示すものではない」と釈明した。が、ネットは「モリーがロケッツの代弁者かどうかは関係ない。彼を解雇しなければロケッツは中国に別れを告げるだろう」などと収まらない。
中国のことだから、書き込みが市民の自発かはたまた共産党が市民を装っているのかは定かでない。が、中国側も、モリーGMがツイートを取り消し、フェルティッタ会長が釈明した時点でことを納めるべきだった。だが中国紙の批判は執拗に続いた。曰く・・。
- ロケッツは中国から後援を受けて年間1,000万ドル以上を稼ぐ。全ては安定した中国のお陰だ。中国市場から利益を得て、その社会秩序を乱す団体などあり得ない(5日GT)
- 中国市場は世界に開かれているが、その核心的利益に挑戦し、中国人の感情を傷つける者は利益を得ることはできない(6日CD)
- 西側の報道や中国を批判する者に誤解され無視されるのは、中国の領土保全と主権に関する14億人の中国人の団結。この問題で話し合いの余地はない。(8日CD アリババ共同設立者でNBAブルックリンネッツのオーナーJoseph Tsai)
- 普通の中国人の反応と態度が考慮されるべき。中国と交流し協力しても、中国の世論を知らないと上手くいかない。(10日CD 外務省報道官Geng Shuang)
そして中国の対応はネットや報道での批判にとどまらず、以下のような報復行為にも及ぶ。
- 中国バスケットボール協会(CBA)の姚明会長(ロケッツのドラフト1位で殿堂入り)は、ロケッツとの交流停止を発表。(7日CD)
- 中国中央テレビ(CCTV)がNBAに関係する協力と交流の一時停止を発表。(7日CD)
- ヒューストンの中国総領事館がモリーのツイートへの落胆をロケッツ代表に表明。(7日CD)
- CBAは蘇州で19日と20日に予定されていたNBA下部チームとのプレシーズン試合を中止。(8日CD)
- TencentがNBAの全放送の停止を発表。(8日CD)
- アリババ所有の中国最大のネットショップTaobaoがロケッツ製品を削除。(8日CD)
- ポップスターでNBA大使のCai XukunがNBAとの協力停止を発表。(8日CD)
- 人気のポップグループやタレント6名が「中国の統一維持が原則」、「9日のNBA Fan NightとNBA China Games 2019には参加しない」と声明。8日CD)
まさに14億の頭数を恃んだ脅迫に違いない。党への忖度かららしい芸能人の対応がどの程度影響力を持つかは筆者の想像の外だが、CBA会長の姚明やネッツのJoseph Tsaiオーナーの威光はそれなりに大きかろうし、CCTVの対応も影響するに違いない。だがこれらが却って「米国人の正義感」に火を付けた。
一旦はNBAがモリー発言を「不適切」と声明したが、弁護士上がりアダム・シルバーNBA会長が8日の会見で、「リーグは謝罪しないし、表現の自由を支持する」と述べたのだ(よって、上述の中国の対応の一部はシルバー声明に対するものが含まれるが後先混交ご容赦を)。
9日のAFPは、CDとGTが各々社説で「NBAの不適切声明は中国で得た利益の出血を防ぐ試みに他ならなかった」、「NBAは米国のポリティカルコレクトネスに屈したと非難した」としたと報じ、一方、シルバー会長がAFPに「水曜日にレイカーズの公開イベントをやめた」と伝えたと報じた。
何やら泥仕合の様相だが、9日のCDによればシルバー発言は「アメリカと中国を含む世界中の人々がさまざまな問題について異なる視点を持つことは避けられない」、「NBAは、選手、従業員、チームの所有者がこれらの問題について発言するか、発言しないかを規制する立場にない」とのこと。
これに対しCDは、著名なバスケ解説者Su Qun氏に「シルバー氏とNBAはナイーブで、二重基準を理解できないように見えるし、機微な問題に関する自由な表現の境界が中国と米国で異なることを認識していない。他の国や文化には、話し合いの余地のない民族、性別、宗教などの異なるタブーがある」と言わせた。
また北京スポーツ大学のHong Jianping氏に「特定の条件では言論の自由を尊重するし、事態を全て知った上で個人の意見の表するのは間違いでない。が、不幸にも彼らは香港で実際に何が起こっているのか知らずに話すことを選んだ。この場合はその状況でない」とも。
極め付きは「アダム・シルバーへの手紙」と題する9日午後の記事だ。シルバー氏の8日の声明を引き、それへの返信の体裁をとっている。
ポイントを要約すれば・・(紙幅が尽きたが、突っ込み何処だらけなのは読者諸氏も同感だろう)
- 巨大市場である中国の価値をNBAがもう少し理解できれば・・
- 国家の主権と保全と尊厳は中国世論の主流の価値で、中国全土で認識されている中核的な概念
- 歴史上、中国は外部からの大きな侵略と征服に苦しんだが、それを生き延びた唯一の文明
- 団結したことがその理由で、中国人は何処にいても祖国への愛と情熱で結び付いている
- 中国は世界に開かれており全ての文明に対して寛容。人種や宗教に関係なく誰でも歓迎する
- 私たちは言論の自由を尊重し、その意見に同意しなくても人々が話す権利を擁護する。
- しかし中国は、米国や他の西側諸国では言論の自由には限界があると知っている
- 脆弱さに対する差別、肌の色や人種や宗教に基づく偏見、そして歴史の中で反人間行為を犯した特定の人物のいわゆる“防御”は、全てトラブルや刑事告発の可能性がある
- 我々はこれらを西洋社会における言論の自由の最低限として尊重し、西側も私たちの最低限を尊重できることを願っている
10日のAFPは、数日中に上海で中国の当局者らと面会する予定のシルバー氏が、「両国の政治制度や信条について互いの尊重を見いだせるかどうかみてみたい。ただ、私は現実主義者でもあり、こうした問題はすぐに収束しない可能性もあることは理解している」と述べたと報じた。
この記事の見出しは「NBAトップ、中国とのビジネスで代償払っても“表現の自由支持”」。シルバー氏にはこの通りにぜひ頑張ってもらいたい。全米のみならず全ての西側諸国が応援するはずだ。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。