昨日の朝日新聞ニュース「ゴーン氏追放、西川氏の大誤算 主導した改革は己の身に」(有料会員向け記事です)は読みごたえのある内容でした。日産前会長逮捕から1年が経過しましたが、私は「日産の監査役さんは何をしていたんだろうか」とずっと関心を寄せておりました。
そして、上記記事は、ようやく「監査役の活躍」に光をあててくれました。当時の監査役さんは西川社長にも知らせずに粛々とゴーン氏の立件に向けて(司法取引者-内部告発者とともに)動いていたそうです。会社法の原則からすれば、監査役さんは重大な不正の疑いを知ったときには取締役会に報告しなければならないわけですが(会社法382条)、「西川氏に知られてしまってはどうなるかわからない」と監査役は判断し、ごく一部の関係者らと調査を続けていた、とのこと。
もちろん、このたびのゴーン氏立件には様々な意見がありますし、私個人としても有罪立証にはいくつかの難問が横たわっていると考えておりますが「モノを言わない監査役を探してこい」と言い続けていたゴーン氏(社内調査委員会報告書より)を監査役が追い詰めたというのは、日本の監査役制度の歴史の1ページに残る事件と言えます。ということで、本日はそのようなモノ言う監査役の事件を集めた最新刊「監査役事件簿」のご紹介です。
出版社の紹介文では「監査役が関係した事件について50の事例を紹介。事例の概要や背景などの分析を通して、企業や監査役自身が様々なリスクから身を守るために、果たすべき義務や注意すべき点を解説する」とあります。
著者である眞田宗興氏は大手電機メーカーご出身で、長く監査懇話会の事務局なども務めておられた方で、現在も(たぶん70代後半?)システムインテグレータ社の非常勤監査役でいらっしゃいます。眞田氏は現在も監査懇話会のHPにコツコツとタイトルと同じ「監査役事件簿」と題するコーナーで監査役の活躍が報じられた事件を紹介されています。
本書も、この眞田氏のブログ(?)を編集して一冊にまとめたものであり、私も知らなかった事件が多数掲載されております。有事に至った会社の監査役として、どのような行動に出れば自らの法的責任を免れるか、もしくは、追及されずに済むか、眞田氏の意見も交えて解説されています(ときどき私のコメントなども登場いたします)。
6月28日に策定された経産省「グループガバナンス実務指針」では、監査役の育成や人材養成の必要性が要請されていますが、私は本書を読み、単に監査役のスキルを学ぶだけでなく、社長との「距離感」を学ぶことが必要だと思いました。自分がリスクから距離を置いて、安全な場所から社長にモノを言っても共感は得られない。監査役も「失敗したら責任をとる」覚悟がなければ社長の心に監査役の意見は響かないのではないかと。
上記の日産の元監査役の方々も、おそらくリスクを背負って職務を全うしたからこそ会社法の例外的措置をあえて選んだものと思います。これからも、リスクを背負った監査役さんを支援する法律専門職が増えればいいなぁと思いますね。
しかし、日産社内で司法取引を決意した法務担当執行役員は、なぜ相談相手に元監査役を選んだのでしょうか?なぜ元監査役は選ばれたのでしょうか?そこにこそ、監査役に必要な資質が隠されているのではないかと。ようやく「監査はコストではなく、リスク管理能力への投資」と評価される時代となり、監査役(監査等委員)も機関投資家からも注目されるようになりました。
2020年3月期からは、監査役の活動状況が有報にも詳細に記載されるようになります。これから監査役に就任される方だけでなく、ぜひとも経営執行部門の皆様にも「監査役にふさわしい人材とはどのような者か」を理解するためにも一読していただきたいと思います。
山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年11月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。