国連人権高等弁務官が香港危機に苦言:林鄭長官は辞任せよ!

高橋 克己

ミシェル・バチェレ国連高等弁務官(Wikipedia)

香港紙サウスチャイナモーニングポスト(SCMP)は30日6時半、元チリ大統領で現国連人権高等弁務官ミシェル・バチェレ氏が「香港の指導者には抗議の危機から抜け出す唯一の方法がある、地域社会全体との広く開かれた包括的な対話をすることだ」と題して寄稿したことを報じた(参照:scmp.com)。

他方、米紙VOAはAP電として同日9時25分、「国連の人権チーフが香港の不安を煽る、と中国が非難」との見出しで、バチェレ氏の寄稿を中国が即座に非難したことを報じた。報道から1時間も経たない内の素早い対応に、中国がこの問題にどれほど神経質になっているかよく表れている。

バチェレ氏がSCMPへの寄稿で述べていることは概ね以下のようだ。

  • 今年、世界中で大規模な抗議行動が起こったのを注意深く見守ってきた。デモ参加者は、経済、社会、政治などあらゆる面での不平等を阻止すべく何週間も路上に出た。
  • 自国のチリや香港でも治安部隊による武力行使や抗議者側による暴力も目にした。
  • 11月24日、香港は地方議会選挙で71.2%という記録的な投票率を記録し、数ヶ月にわたる不安、暴力、混乱の後に平和的に権利を行使した。
  • 香港の人々は大きな声で明確な要求を出した。今こそ新たな決意と明快さと勇気をもって困難な問題に取り組む時だ。
  • 私は香港政府に対し、地域社会の指導者、学生、企業人、労働組合、諸政党の指導者、市民社会組織、学者、法律家などをテーブルに着かせる協調的な努力をし、有意義で包括的な対話を優先することを求める。
  • 今やあらゆる階層の人々に直接耳を傾け、彼らの懸念や苦情に対処するために誠実な決意とともに協力する時だ。特に若者は耳を傾ける必要がある。
  • 重篤な怪我と死をもたらした暴力を明確に非難するよう全ての側に訴える。
  • 警察による過度の武力行使に対する適切で独立した公平な裁判官主導の調査を含む信頼醸成措置を取るよう政府に訴える。
  • こうしたステップは明快さと勇気を要し妥協を伴うが、信頼を回復し亀裂を修復し平和的な解決策を可能にするために重要だ。
  • 香港人は活力や順応性や実用主義での評判を持ち、何十年間もの表現の自由と平和的な集会に対する勇気があり、持続的な権利行使で高い基準を持っているので、少数の抗議者による警察官への抗議を含む極端な暴力への訴えや一部に対する嫌がらせは非常に残念だ。
  • 香港政府と治安部隊が彼らを敵として扱うならば、彼らが敵になることを世界は経験してきた。武力の行使は信頼を破壊する。一部の抗議者による暴力を非難するだけで、抗議に対応するための治安対策のみに依存して大部分の者の要求に対処する包括的努力をしないと、-政府は彼らの不満を悪化、拡大させる。
  • よって、警察による過度の武力と、死、重傷または重大な損害につながる個人による暴力の申し立ての両方の場合の説明責任を果たす必要がある。警察による武力行使に関する独立した調査を求めることは、警察と治安部隊のイメージを傷つけないし、多くの個人的犠牲を払わなければならなかった警官を罰しない。
  • 包括的な対話は分断された香港を癒すだろう。暴力と社会的混乱の時代から回復した他の社会から多くを学ぶ必要がある。
  • チュニジアでは、政府との対話のための共通のプラットフォームに、ビジネス界、労働組合、弁護士会、人権擁護者を集めた国民対話カルテットがノーベル平和賞を受賞した。

香港政府に説明責任を求め、警察に過度な武力行使がなかったかを調査する独立した公平な機関の設置を提案しているものの、一方では抗議者側の行き過ぎも諫め、チェニジアの国民対話カルテットが15年にノーベル平和賞を受賞したことを引いて、香港政府にあらゆる階層の市民との対話を求める内容だ。

林鄭月娥長官(Wikipedia)

林鄭長官が繰り返す紋切り型の会見、即ち「一部の抗議者による暴力を非難するだけで、抗議に対応するための治安対策のみに依存して大部分の者の要求に対処する包括的努力をしない」だけでは、「(抗議側の)不満を悪化、拡大させる」ということ。立場の強い権力側に対話を求めるのはものの道理だ。

が、この寄稿を中国が強く非難した。VOAはジュネーブの国連で中国代表団が「バチェレ氏の寄稿は、中国の内政に干渉し、香港の政府と警察に対する圧力であり、より過激な暴力を行うために暴徒を駆り立てるだけだ」と述べたとし、「中国は、香港の状況について“不適切なコメント”を出したバチェレ氏に対し、それに応じて強い抗議を申し立てた」とした。

VOAはさらに香港の現況に触れ、林鄭長官は「現在の冷静さを継続するよう訴えたが、彼女のポストと議会の普通選挙、そして警察の行為に対する独立した調査を含む、抗議者の要求に屈することを拒否した」とし、「香港警察は抗議の結果として5,890人を逮捕した」と書いている。

6,000人近い逮捕者の数にも驚くが、これまでに2,500人を超える若者の死が確認され、ほぼすべてが自殺として処理されているとの話を作家の門田隆将氏がネット番組で披露していた。日本では2名としか報道されていないが、もしこれが事実とすれば事態はすでに第二の天安門事件というべきではないか。

国連人権高等弁務官が提案しようとも、林鄭長官は抗議者側の残りの4要求を拒否し続けるのだろうか。筆者はこれまで何度か本欄に中国は香港基本法に立ち戻れと書いた。その趣旨は、例え普通選挙を受け入れた結果として民主派が支持する長官が誕生しようと、その長官も基本法に縛られるということだ。

つまり、北京も香港も、また香港の親中派も民主派も基本法に縛られる訳だが、それで問題があるのかという話だ。結局、北京が、民主派が要求する普通選挙を認めないということは、すなわち「基本法を遵守しない」というのに等しい。だから一国二制度を守るといくらいっても信用されない。

区議会選挙での民主派圧勝を受けて、本人も香港で生まれ育った林鄭長官の実のところの内心はどうなのだろうか。できるなら辞任したいとか、残りの4要求を受け入れたいとか思うなら、血がさらに流れるかも知れぬが一つだけ手がある。それは「長官が欠ける事態」を彼女が現出することだ。

Etan Liam/flickr

香港基本法は第52条で「行政長官を辞任しなければならない」事項を3項定めていて、第1項には「重病その他の原因により職務遂行能力を失った時」とある。第53条では、長官が空席になった場合「6ヵ月以内に新しい行政長官を選出しなければならない」としている(その間は政務司長らが代行)。

林鄭長官に香港人としての良心のかけらでもあるのなら、仮病を使ってでも職を辞すべきだ。その途端、抗議側は普通選挙を求めて一層激しい活動を繰り広げ、さらに血が流れるかも知れぬ。だが、出口がまるで見えない現状に比べれば、6ヵ月間という期限の目標がある。

バチェレ氏は、対話こそが「香港の指導者には抗議の危機から抜け出す唯一の方法」と仰るが、決めるのは「香港の指導者」でなく北京だ。その北京が林鄭長官を辞めさせないのは、選挙になるのを避けるためだ。ならば選挙に持ち込むのが上策。諌死せよとはいわぬ、林鄭長官は「重病」になれ!

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。