ロッテ創業者とプロ野球:“初の外資”球団の功績を評価する今日的意義

新田 哲史

ロッテ創業者、重光武雄氏(韓国名:辛格浩、享年98)の訃報から一夜明けた昨日の朝刊各紙の報道は、本記は社会面で2、3段の扱い。表舞台を退いて年数も経つのでやや地味な取り上げ方だった。日経は5ページ目の企業面に評伝を別に載せて天才起業家の歩みを駆け足で振り返っていたが、前回の拙稿で最後に述べたように、野球界との縁もまた深い。日刊スポーツの元番記者が書くように数々の「都市伝説」を残したことで野球ファンにはおなじみだ。

タブー視される初の外国人球団オーナーとしての一面

そうした一方で、以前からのことだが、今回も一般紙とスポーツ紙とでは重光家を報じる際に決定的な「差異」がある。一般紙は近年、日経を中心に日本での通名である「重光」と韓国名の「辛」を併記するようになったが、スポーツ報道では一般紙も含めて、いまだに韓国名を書くのがタブーだった時代の慣習を引きずってか「重光」しか書かないのが大勢だ。

だから昨日1日、ネット配信記事を中心に各社の報道を概観してあらためて思ったのは、重光氏が40年以上、歴代最長の球団オーナーを務めただけでなく、NPBで「初の外国人オーナー」だったことを表立って話題にしないようにしていることだ。しかし、その実、マスコミ関係者で、球団のお家騒動が起きた時などには「ロッテは外資だから」と陰口をたたく人がいたのを見たこともある。

念のためだが、ロッテは日韓両グループの頂点に立つ持株会社は日本にあり、法的には「日本企業」だ。そして野球協約により、外資系企業は球団の親会社にはなれない。

そして、誤解してほしくないが、私は差別的な観点で本稿を書いているのではない。それどころか、重光氏の下、球団で仕事をしてきた人たちの間からは筆者の旧知の方々などから「ITなど詳しくないはずの分野でも質問は鋭く本質を外さない」「大胆な決断力に起業家精神を痛感させられた」などと、心より敬意を表しているのを仄聞して凄みを感じている。

ドメスティックなNPBに築いた“外資”の地歩

なによりも野球文化を支えるパトロン精神には敬服する。近年こそ球団は黒字になったが、40年余りの大半は数十億単位で赤字を出し続けていたのだ。税務上は宣伝広告費扱いにできるとはいえ、累積にすればとてつもない額だ。川崎球場の「暗黒時代」があり、途中浮上した球団の身売りや合併話に迷ったこともあったが、結果として天寿を全うするまで球団を手放さなかった点は特筆に値しよう。

1974年の初の日本一を振り返った当時のテレビ朝日報道より

だからこそ、私は「初の外国人オーナー」という観点から功労を評価する意味合いはあると思う。しかも、球団40年史の中盤以降、ロッテグループは重工業化・多角化した韓国の比重が増し、日本の10倍以上の規模になるというもので、重光氏自身も、球団のオーナー代行を長年務めた次男昭夫氏もソウルを拠点にするなど、ロッテの経営「実態」は外資的な部分もあった。

実際、親会社のお家騒動の折、昭夫氏は韓国の国会で「ロッテは日本企業か韓国企業か?」と問い詰められて「韓国企業だ」と証言もしている(参照:産経新聞2015年9月17日)。それは、韓国ロッテの経営権の国籍についての見解を示したつもりだったのだろうが、日韓二つの祖国を持つ企業としてセンシティブな位置付けだったことは確かだ。

つまり、私が言いたいのは、初の外国人オーナー、“外資”的な親会社が、「建前」ではドメスティックなプロ野球界において、しっかりと根づき、ダイエーやマルハ、近鉄、南海などが撤退したあとも、ロッテや重光家が野球界に生き残り、築き上げてきた業績について、日本が衰退し、経済・企業がグローバル化していく今日的観点から検証する価値はあるということだ。

プロ野球はいつまで「鎖国」できるか

もっと踏み込んでいってしまえば、旧知のNPB関係者を怒らせてしまうだろうが、日本プロ野球界は、いつまで外資を排除する「鎖国」体制を続けられるのか、遠くない将来、現実の問題になることを念頭に置く必要があると思う。

昭和終盤から平成にかけ、12球団の顔ぶれが何度も変わったが、大きく言えば鉄道やテレビ局等のドメスティック産業が撤退し、特にパ・リーグはITなどで積極的にグローバル展開する企業が参入してきた。

セが交流戦や日本シリーズでパの後塵を拝し続けているのはDH制の有無など現場の技術的要因はあるにしても、根本的には親会社がグローバルに市場を持った企業かどうかで蓄積した資金力の差もあるのではないか。世界有数の通信企業として成長したソフトバンクが、施設や選手育成を充実させてきているのが典型で、ロッテや楽天もその気になればもっと球団に投資できるだけの力は蓄えている。

もちろん、メジャーにおけるヤンキースのように、伝統を背負った巨人や阪神のような存在もなければNPBのブランドは半減するから引き続き盟主奪回へ頑張って欲しい。それに外資を野放図に解禁して、アマゾンが手を挙げたら楽天は困るだろう。

とはいえ親会社を取り巻く国内の経営環境の劣化は深刻だ。ファミレスもコンビニもすでに24時間経営に限界が来ているように少子高齢化はますます深刻となり、日本市場が縮小していくのは避けられない。ローカルが主体のプレイヤーだけでは厳しくなる。

だから外資といっても日本市場に定着して20年以上の実績があり、社員の過半が日本人であることなどを条件に部分解禁することに検討の余地はあるはずだ。外資解禁は野球界でこそ現時点では「タブー」でも、世界のスポーツ界を見合わせば、英サッカー・プレミアリーグの「ウィンブルドン化」の先例から、新しいビジネスモデルの構築といった前向きなこともある。

将来、ほんとうに外資を解禁すべきか議論になれば、重光武雄氏こと辛格浩氏と、日韓をまたにかけるロッテグループによる球団経営の歩みはベンチマーク対象としての歴史的価値がクローズアップされると思う。

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」