前編では、ゴーンが起訴された事件のうち「サウジアラビアルート」にある2つの異常性(①金融派生商品の損金を日産に付け替えたこと②ジュファリ氏が追加担保としてSBL/Cを使ったこと)について掘り下げ、特に一般の日本人になじみがない「SBL/C」について途中まで解説した。
これまで述べたように、SBL/Cは確かに表の世界で普通に利用されている一種の決済方法だが、ゴーンの事件について疑義がある。
確かに、証券としてのSBL/Cの使用範囲は貿易に限定されない。とはいえ「物」の輸送で使う場合には出荷証明書や品目などのドキュメント(書類)を、会社間の取引では登記簿などを、「手形」のように使用する場合には使用者、目的などのドキュメントを添付しなければならない。
いくらSBL/Cが手形のように利用できるとはいえ、個人の負債の担保に使用することは、資金移転の疑いがかかる異常な行為と言える。なぜならジュファリ氏が「知人の厚意」としてゴーンを援助するのであれば、わざわざSBL/Cなどを使わずに、現金なり、それこそ小切手を送ればそれで済む話なのだ。実際に08年10月には20億円を提供しているのだから。
「利便性」と「合法性」のジレンマ
さて、ジュファリ氏からの30億円のSBL/Cだが、ゴーンが焦げ付いた場合、ジュファリ氏には支払い義務が生じることになる。ゴーン側もこれについて、
「ジュファリ氏は極めて高いリスクを負った」
と主張していた。
こう聞くと多くの人はSBL/Cの発行には、実際に30億円の現金が必要だと考えてしまうだろう。しかし、それは大きな間違いだ。証券としてのSBL/Cは国際金融の市場ではそれ自体が「証券」としてリースされたり、売買されたりしているのだ。
30億円のSBL/Cをリースする際に必要な金額は、年7%の使用料と、2.5%の手数料で約3億円というのが、国際金融での常識的な相場だ。発行銀行の格や相場にもよるのだが、額面「30億円」の売買金額は、安くて4000万〜5000万円というところだろう。
実は、自分で発行するとしても30億円の現金は必要ない。
国際金融の世界には「ジャンク債」と呼ばれる債券が存在していて、それはペーパーマネーとして利用されている。極端な例で言えば、1万円で額面が1億円の債券(ペーパーマネー)も存在しており、それを元手にSBL/Cを発行することができるのだ。
手数料などの諸経費を除くなど誇張気味に言えば、額面30億円のSBL/Cは、わずか30万円で作ることが可能だ。
ジュファリ氏がゴーンに差し入れたSBL/Cは、リース、売買、あるいはペーパーマネーを元に作られたものだと私は確信している。こう判断できるのは、かつての私ならそうするからだ。もっと言えば、ゴーンのような個人間の担保としてSBL/Cが使われる場合に、額面通りの金額を用意している人物を私は知らない。
このように「SBL/C」は、倫理観の低い「ルーズ」な証券だ。国際金融取引において、利便性と合法性は同時に成立しない「ジレンマ」の関係性にある。合法的な商取引だけではなく、テロや脱税、詐欺などの犯罪などでも愛用されるのは、「SBL/C」のルーズさが提供する「利便性」にある。
事件を試薬として浮かび上がったもの
もちろんかつての私も、SBL/Cの「利便性」を「黒い商取引」で利用した一人だ。こうした「SBL/C」の特性を知っている国際金融の実務者は、ゴーンが個人の損失補填に「SBL/C」を使った時点で「異常性」を認識して、「黒」と判断する。
上述したことはすでに、ゴーンが逮捕された直後に「現代ビジネス」などで書いていた。今回のゴーンの逃亡は、2年前の私の分析の「実証」に過ぎない。そして「逃亡」という「粗暴な犯行」に分析するべき深みはない。
反対に私を驚かせたのは、この場面でさえ「ゴーンは無罪である」ばかりか、「人権問題」にすり替えるコメンテーターが存在していたことだ。
はたしてこうした人たちは、「国際金融」での実務経験があり、「SBL/C」の持つ「黒い特性」を熟知しているのだろうか。グローバルな銀行であればともかく、日本の銀行では一握りしかいない層が、日本社会にそれほど多くいるとは思えない。
国際金融に対しても「無知」によって自ら恥をさらし続けていることを哀れむばかりだ。
一方で「カルロス・ゴーン」を「反体制のアイコン」として担ぎ上げる層も存在する。
「儲かるか儲からないか」というリアリズムだけが支配する「黒い経済界」に生きた私は、政治に夢を見ないが、反体制運動は民意がなければ「テロ」に近い領域に堕することだけは理解している。
元グリーンベレーの傭兵を使って、国外脱出をすることなどは、極めて暴力性の強い「麻薬カルテル」や「テロ組織」が行うことだ。このような「粗暴犯」をアイコンにすることで、民意が得られると本気で思っているとすれば、日本国民の知的レベルを見下しているばかりか「民意」に対する冒涜と言えるだろう。
ゴーン事件の前半部が、国際金融の黒い側面を金融鎖国国家「日本」に紹介する奇貨となったことは間違いない。だが、後半の「逃亡劇」が私にもたらしたのは、「反体制」を訴える人たちの、あまりにも安直な思考回路だった。
菅原潮(猫組長)NEKO PARTNERS INC.CEO。
週刊SPA!『猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言』連載中。『金融ダークサイド』(講談社)など著書多数。ツイッター「@