言論アリーナでは、松村むつみさんに新型コロナについて話を聞いたが、そのときも話題になったのは「世界的にみて日本だけ感染者が異常に少ないように見えるのはなぜか」ということだ。よくいわれるのは「PCR検査が少ないから陽性も少なく出る」ということだが、検査が増えても患者はほとんど増えていない。
これは専門家会議の「実効再生産数はおおむね1程度」という見解とも整合的だが、ヨーロッパの現状とは大きく異なる。患者数でみるとイタリアに次いでドイツやフランスやスペインに感染が広がっているが、日本は飛び抜けて少ない(シンガポールは国境封鎖したので例外)。
これは日本ではすでに感染の拡大が止まって、集団免疫に近い状態になったと考えることができる。イギリスのインペリアル・カレッジのレポートは、集団免疫ができるまで感染を容認する方針を示し、ジョンソン首相が「最善の場合でも死者は25万人になる」と認めて話題を呼んだ。
これに対して「感染を放置して25万人も見殺しにするのか」といった批判が起こったが、これは誤解である。イギリス政府の方針は、次の図のように自主隔離などのゆるやかな措置で感染速度を抑え、医療の崩壊を防ごうとするものだ。封じ込めで無理やり下げても、最終的には集団免疫の水準まで感染しないと感染拡大は止まらない。
イギリス政府のレポートでは、緩和の努力をしても重症患者数がICUベッド数を上回る計算になるが、日本ではICUベッド数6500に対してコロナの重症患者数は46人なので、医療が崩壊するおそれはない。イギリス政府は感染を抑制して実効再生産数Rを1にするには莫大なコストがかかると想定しているが、日本ではほぼ実現している。
その原因は何だろうか。中国では都市封鎖などの強権的な方法でRを下げたが、日本では法的拘束力のない政府の「自粛要請」だけでRがこれだけ下がったのだとすれば、政府の要請に従う従順さや同調圧力、きれい好きの国民性などが考えられる。
それだけでRが下がったとすれば、日本は非常に高い効率で集団免疫を実現したことになるが、ここにパラドックスがある。普通はRを下げる方法は予防接種で免疫をつけることだが、コロナにはワクチンがない。つまり日本人は生物学的な免疫をもたないまま、社会的な免疫を短期間に獲得したと考えることができる。
生物学的な免疫は長期にわたってウイルスから人間を守るが、社会的な免疫は自粛をやめると失われる。もしイギリス政府の想定するように(生物学的な)基本再生産数R0が2.4だとすると、急に自粛をやめると感染がリバウンドするかもしれない。
だから徐々に自粛を解除してゆるやかに感染を拡大させ、様子を見たほうがいい。長期的には集団免疫になるまで感染は安定しないので、いつまでも封じ込めを続けるのは無意味だ。少なくともコロナの感染が少ない子供の一斉休校はやめ、4月からは普通に授業を再開すべきである。