レバノン大爆発事故:内戦予感でゴーンはどうなる?

有地 浩

4日、レバノンの首都ベイルートの港湾地区で大爆発があり、現時点で100人以上が死亡、5000人以上が負傷し、数百人が行方不明と伝えられている。肥料などの原料となる硝酸アンモニウム2750トンが爆発したとのことだが、これが事故なのかテロなのか、原因はまだわかっていない。

アル・ジャジーラより

アメリカのトランプ大統領は記者会見で、軍高官から「何らかの爆弾による」ものと報告を受けたと述べたが、爆弾と判断した理由を明らかにしていない。

硝酸アンモニウムを貯蔵した倉庫の壁を溶接して修理していたということなので、テロというよりは事故の可能性の方が強そうだが、この爆発は私に、これからレバノンが陥る恐ろしい混乱の時代を予感させる。なぜなら今レバノンは経済的に破滅的な状況になっており、それに伴って政治的な安定も揺らぎ始めているからだ。

以前、「ゴーンの逃亡が『フライパンから跳び出し火中へ』と言える理由」(2020年02月04日)に書いたように、レバノンは15年間続いた内戦が終結した後は、かりそめの経済的繁栄を享受した。

それは海外で働く国民の送金と、レバノンの高い金利とドルにペッグされた為替で呼び込んだ湾岸諸国の富裕層の資金で支えられていた。

レバノンの市中銀行が高金利で集めた預金をレバノンの中央銀行はさらに高金利で預かったが、こうした高い金利にみあうだけの利益を生む国内産業はレバノンにはついに生まれなかった。汚職に走る政治家は貴重な資金を生産性の向上ではなく自分の権力の確保や私腹を肥やすことに使った。停電は日常茶飯事となり、ごみが路上に溢れた。

銀行は新たに受け入れた預金を元利払いに充てるという、詐欺グループが高利回りで投資家をだまして資金を集めるようなことをしていたが、この国ぐるみの詐欺のような金融システムは、徐々にその持続可能性に疑問を持った預金者のレバノン離れを招き、昨年の11月にはついにレバノンの資金繰りが限界に達した。

銀行はATMを止める一方、窓口での預金引き出しも制限するようになり、国際的なクレジットカードも使えなくなり、国民の暴動が広がり首相は辞任に追い込まれた。

そして今年3月にレバノンは12億ドルの外貨建て国債の償還期限が来ても資金の手当てができず、債務不履行を宣言することとなった。

その後、経済の状態はますます悪化し、食料の大部分を輸入に頼っていることから最近では軍の兵士の食事から肉が無くなるまでになっている。

このような中で、貧困層は益々困窮し、それまでしゃれた服を買ったり年に1度は海外旅行を楽しんだりしていた中産層もいよいよ生活に困るようになり、指輪などの金製品を売ったお金で食料品を購入する事態になっている。

このため宗派間のバランスをとることで安定していた政治体制も不安定化してきているようだ。お金があってこその平和だったが、お金が無くなるとその平和が保てなくなったのだ。

今回の爆発を受けてイラン、イスラエル、サウジアラビアなどの周辺国はレバノンに支援の手を差し伸べているが、こうした周辺国の影響力の強まりは、かえってレバノンの政情を不安定にする。イランの後押しを受けたヒズボラとそれ以外の宗教勢力の対立が先鋭化して、また内戦が始まるかもしれない。

今回の爆発でベイルートの知事は最大30万人が家を失ったと述べており、レバノンに逃亡中のゴーンの邸宅も被害を受けたという報道があった。しかし内戦となると、今回の爆発とは比較にならない悲惨な状況が訪れることは間違いない。

通常ありえないと思われることが起きてそれまでの安定した状況が壊滅的な打撃を受けることを「ブラックスワン」というが、「ブラックスワン」という題のベストセラーを書いたナシーム・ニコラス・タレブは、ティーンエージャーの頃までベイルートで過ごした。彼の通っていた高校は交戦地帯から数百フィートのところにあったそうだが、彼はその本の中で

「銃弾と迫撃砲が数発飛び交ってレバノンの『天国』は一瞬でなくなった...どこからともなく黒い白鳥がやってきて、かの地を天国から地獄に変えた」

といっている。

今のレバノンも地獄の縁に差し掛かっているのかもしれない。ゴーンもうかうかしていられない。