このごろ政治家に「反緊縮」を掲げる人が増えてきました。山本太郎さんみたいな極左がいうのは昔からですが、自民党にもそういう政治家が増えてきました。こういう人のいうのは「政府はお札を印刷できるんだから、もっとお金をばらまけ」という話です。
これはよい子のみなさんにもわかりやすいですね。国債(国の借金)をいくら発行しても、日銀がそれを買い取ればいいんだから、借金がいくら増えても気にしなくていい。給付金をどんどん国民にばらまき、インフレになったら止めればいい――というのはだれでもわかる単純な理屈ですが、本当でしょうか?
日銀が国債をすべて買い取ったら財政再建完了?
まず「日銀が国債を買い取ったら借金が消える」というのが誤解です。たしかに政府と日銀のバランスシートを合算した統合政府で考えると、国債は相殺されます。もし日銀が国債をすべて買い取ると、図の右のように統合政府の負債は日銀券と日銀当座預金(民間銀行が日銀に預ける準備預金)だけになって国債はバランスシートから消えます。これを財政ファイナンスといいます。
これは子会社(日銀)が親会社(政府)の社債を買い取るようなものだから、借金の額は問題ではない。これで財政再建は完了だ――政治家のみなさんはこんな説明で「なるほど目からウロコが落ちた!」と感心するようですが、それは錯覚です。これは親会社の借金を子会社が肩代わりしただけで、連結の借金は変わりません。
国債には金利がつくが、日銀券には金利がつかないというのも誤解です。日銀の借金の大部分は民間銀行の日銀当座預金ですから、これは統合政府でみると、国債という長期債務を日銀当座預金という短期債務に置き換えただけです。
国債の償還は10年とか30年後ですから、いま金利が上がっても影響ありませんが、短期金利は大きく変動するので日銀当座預金の金利(今はマイナス0.1%)も変動し、要求されたらすぐ払い戻さないといけない。つまり日銀の財政ファイナンスで統合政府の金利リスクは大きくなったのです。
このへんがよい子にはむずかしいと思います。今はゼロ金利なので金利を意識してない人が多いのですが、2010年ごろまで長期金利は1~2%でした。世界的にはコロナ対策の過剰債務で、金利が上がり始めています。日本も高齢化で年金生活者が増え、家計貯蓄率がほぼゼロになったので、これから金利が上がる可能性があります。
日本の政府債務は約1100兆円だから、長期金利が1%上がると金利負担が毎年11兆円増えます。日銀の保有している国債には25兆円ぐらい評価損が出て、日銀は債務超過になります。国債を保有している銀行も債務超過になって取り付けが起こり、1998年のような金融危機になる可能性があります。
金融危機を防ぐには日銀が緊急融資で救済しないといけませんが、日銀が債務超過になっている状態では、一般会計からの支出がないと救済できないでしょう。1998年の経験から考えると、このとき必要な財源は100兆円を超えるでしょう。
問題はインフレではなく金利と資産バブル
これは空想ではありません。今年度の一般会計予算は(2次補正まで含めて)160兆円に激増し、国債の発行額も90兆円と史上最大になりました。これだけ大量の国債を発行すると、普通は市場で消化できなくて金利が上がります。
日本では日銀が長期金利をコントロールしているので金利は今のところ落ち着いていますが、3次補正でさらに大型の給付金などを出すと、金利が大幅に上がるおそれがあります。
金利上昇を防ぐには日銀が際限なく国債を買う必要がありますが、これでさらに大量のお金が市場に出ます。いま金利が上がらないのはコロナで大幅な需要不足になっているからですが、需要が回復するとあふれたお金が資産市場に流れ込み、バブルが起こる可能性があります。
いまGDPが大幅に下がったのに株価が上がっているのも、すでにバブルが起こっている疑いがあります。金利が上がってこれが崩壊すると金融危機が起こりますが、資産価格は消費者物価指数に反映しないので、インフレ目標ではコントロールできません。1980年代の不動産バブルでも、インフレは起こらなかった。
しかし反緊縮派は、こういう現象をまったく説明できません。その理論であるMMTには金利がないからです。MMTは短期の不完全雇用の理論なので、金利はつねにゼロと仮定し、その理由は何も語らない。反緊縮派は完全雇用になったらインフレになると信じていますが、現実には完全雇用を超えて人手不足の日本でもインフレは起こらない。問題はインフレではなく、金利と資産価格なのです。
要するに反緊縮というのはゼロ金利が永久に続くと理由もなく信じているお気楽な素人さんで、経済学界では相手にされていないのです。それを真に受ける政治家の知能程度は、よい子のみなさんとあまり変わらないと思います。