アメリカ大統領選挙の結果をどう見るか(下)(尾上 定正)

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4 サイバー攻撃・情報戦による選挙介入

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今回の選挙では、中国やロシアからの選挙介入やサイバー攻撃に関する報道が非常に少ない。数少ない報道の中で米国の国防・安全保障専門ニュース配信サイトDefense Oneの記事、「2020年の選挙に大規模なハッキングは無かった、それは何故か;米国のサイバー防衛隊はより行動的になり-おしゃべりになったからだ(“A Big 2020 Election Hack Never Came. Here’s Why ; America’s cyber defenders are getting
more proactive – and more chatty.”)」は、米サイバーコマンド司令官のNakasone大将(NSA長官兼務)のコメントを引いて、米国のサイバー対処が成功していることを報じている。

曰く、「我々の民主的なプロセスを邪魔しようとする相手に対峙する時、我々は同様に妨害する機会がある。我々の選挙に介入しようとするいかなる国家或いは主体に対しても、我々は行動する」、「過去数週間及び数ヵ月、我々の選挙に介入できないように敵対者に対してとった行動に十分な自信を持っている」、と。

米国にとって2016年大統領選挙時の民主党を対象としたロシアのハッキング攻撃はトラウマとなっており、これを教訓に米サイバー防衛チームは2018年の中間選挙に万全の態勢で臨んだと言われる。今回の選挙における情報戦・サイバー戦はその実績に基づくものであり、2018年11月に本土防衛省(DHS)内に設置されたCISA(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency)はその象徴といえる。更にサイバーコマンド・NSA等が対応措置をプレスに公開していること(おしゃべりになっていること)も戦略の一環であると記事は指摘している。

Defense Oneは、超党派のAlliance for Securing Democracy(民主主義保障同盟)の新興技術フェロー、Gorman氏の、「全般として、NSA・サイバーコマンドは、2016年に防衛戦を行った当時の脅威からも長足の進歩を遂げた外国勢力及びその影響力を詳細に把握していることを証明した。特に、敵の行動を予期し、発動前に防止する;ソーシャルメディア、研究者及び外国パートナーとの調整を増す;我々の民主主義に介入する敵のコストを増やす;そして、我々の選挙と民主主義をより強固にするため、このような脅威について国民との明確なコミュニケーションを優先する」というメッセージを紹介している。

これらの見解を踏まえると、米国は今回の大統領選挙に対する諸外国からのサイバー攻撃や情報戦・影響戦を効果的に防止することに成功していると判断できよう。米国は、Persistent Engagement(持続的な対処)とDefend Forward(前方防衛)をサイバー作戦の戦略としており、今回の大統領選挙でのサイバー介入阻止作戦においてこの戦略の妥当性に自信を深めたと思われる。

だが、サイバーコマンドもCISAも、法廷闘争が予想される今後数週間にわたる偽情報戦を懸念しており、その兆候は既に表れている。ポール・ナカソネ(Paul M. Nakasone)米国サイバー軍司令官は、「戦いは終わったのではなく、これから始まる」と警戒を解いていないが、問題は、アメリカ人と米国内のキャンペーンによる情報戦である。記事は、「たとえ、サイバーコムやCSIAが外国からの影響を排除できたとしても、米国自身が傷ついた自尊心を癒すために怒りの妄想に屈服し、米国自身のパーセプションをハッキングしようとする米国自身の傾斜を防衛する手段は無い」と結んでいる。

サイバー攻撃による選挙介入や民意への影響戦は、民主主義国にとって深刻な脅威である。米国は外国からの攻撃に対しては効果的な防御作戦(場合によっては予防攻撃を含む)を展開していると思われる。だが、国内勢力からの様々な影響戦に対する効果的な対応への回答は未だない。現職の大統領が根拠を示さず選挙の不正を公言し、支持者の熱狂を煽ることを止めるのは、サイバー攻撃や情報戦とは別の問題かもしれない。

5 今後の展開

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今後の展開については二つのポイントがあろう。一つは政権移行の見通しであり、もう一つはバイデン政権の政策指向である。政権移行については、トランプ大統領は敗北を認めず、法廷闘争で勝利を目指すと明言しており、平和裏の政権移行は難しい。法廷闘争がどう展開するのか、トランプ大統領がどのような形で「退場」を受け入れるのか、現時点で予断はできない。だが、政権移行が揉めれば揉める程、これまで米国が批判してきたベラルーシやベネズエラなどの独裁国家と米国もさほど変わらないと国際社会は見るであろう。

バイデン次期大統領は7日夜の勝利演説でトランプ大統領とその支持者に向けて、

「トランプ大統領に投票したすべての皆さん、今夜のあなた方の落胆は良く分かる」、「私自身も二度負けたことがあるが、今はお互いにチャンスを与えようではないか。刺々しい言い方は止め、熱気を下げて、もう一度お互いに向き合い、話を聞くときである」

と語りかけた。バイデン氏は、「アメリカの悪魔化したようなこの嫌な時代を今ここで終わらせようではないか」と和合を求めたが、トランプ氏の予測不能な行動を危惧する有識者は多い。

ハーバード大学ケネディスクールのステファン・ウォルト(Stephen Walt)教授は4日のパネル討論で、トランプ氏の強みは「衰えを知らないむき出しのナショナリズム」であり、負けてもFox Newsやツィッターでバイデン批判を繰り返すかもしれず、また2024年の大統領選での仇討ちに向けたキャンペーンを早速始めるかもしれない、と話した。

米国政府官僚経験者で日米両国の財界に通じたグレン・フクシマ(Glen S. Fukushima)氏も「予想外のことを予期しておくべき(Expect unexpected.)」と指摘している。CIA長官や米国疾病予防管理センター(CDC)ファウチ長官等の粛清人事、イランへの攻撃(イスラエルのネタニヤフ首相がプッシュ?)、南シナ海・北朝鮮等での行動の可能性を挙げる声もある。

一方で、政権移行期間の混乱に乗じる中国やロシア等の動向にも十分な注意が必要だ。共和党の一部にはトランプ大統領から距離を置く議員も出ているとされ、またFox Newsの報道姿勢も変わりつつあるとの見方もあり、トランプ陣営の中から平穏な政権移行を促す動きを期待したい。日本としては、この問題を単なる選挙に関わる米国の内政問題としてではなく、米国の世界における求心力と指導力にかかわる、世界の民主主義の秩序を揺るがす可能性のある問題として今後の展開を注目する必要がある。

バイデン次期政権の政策指向については、全体としてトランプ政権の単独主義(Unilateralism)から多国間協調主義(Multilateralism)への転換、優先課題として①コロナ対策、②経済(Build Back Better)、③格差是正、④気候変動、⑤国際地位回復が挙げられる(Fukushima、2020民主党プラットフォーム10章)。

また、78歳という高齢を考えると、大統領専用機で世界を飛び回る外交は負担が大きく、権限を副大統領や各長官に委任した政権運営となろう(Walt)。従って次期政権の主要ポストに誰が配置されるかが重要であり、対中政策に関しても、国務長官にスーザン・ライス(Susan Rice)元国連大使が就任するかどうかが一つの指標となると見られている。バイデン氏は中国に対し、「競争には厳しい姿勢だが攻撃的ではなく、適当な課題には協力(Competitive but not provocative、cooperate if appropriate)」という姿勢で臨むと見られるが、議会の超党派の対中強硬姿勢に押される可能性もある。

上下院の議会勢力もまだ確定していないので予断はできないが、議会との関係、民主党内の急進左派との関係、また同盟国等からの信頼低下(ピユーによる13の同盟国指導者への調査)など、次期バイデン政権の足を引っ張りそうな状況も多く予見される。人事に関しても約4,000の政治任用ポストの内1,200は上院承認が必要であり、共和党が多数派となった場合には難航する可能性が有る(Fukushima)。日本としては、菅総理とバイデン次期大統領の信頼関係を早々に築きたいところだが、対日政策の優先順位は高くない。

ニューヨークタイムズ紙は7日、「Biden to Face Long List of Foreign Challenges, With China No. 1(バイデンは中国を筆頭に外交課題の長いリストに直面する)」との記事を掲載したが、そのリストは中東問題、欧州とブレグジット、北朝鮮の核脅威、ロシアとプーチン、パリ協定と国際取り決めへの帰還と続き、日本への言及はない。それだけ日本が同盟国として信頼されており大きな問題は無いと善意に解釈するとしても、米中関係、北朝鮮、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)等、米国の主要な外交課題において日本の役割は非常に重要となる。ウォルト教授は、「米中対立の中で各国は中立でいることはできない、特に米国の安全保障を期待するのであれば」、「欧州は既にそれを理解し米国に頼らない方向に転換している」と指摘した。

バイデン政権では大幅な国防費削減の可能性が高く、日本に対しより大きな役割と負担増、そして明確な日米同盟機軸の姿勢を求めてくると考えられる。ケネディ大統領は「どの国も国力以上の外交力を発揮することはできない」と述べた。バイデン次期大統領は分断・対立する米国の国力を基盤に外交に臨まざるを得ない。日本は同盟国としての外交力を発揮するためにも、日本自身の国力の増強にまずは集中するのが良いのではないだろうか。

マサチューセッツ州ケンブリッジの自宅にて 2020年11月8日18:00 EST

(完)

尾上 定正(おうえ・さだまさ)
1959年、奈良県生まれ。1982年防衛大学校卒業(管理学専攻)。1997
年米国ハーバード大学ケネディ大学院修士課程修了、2002年米国防総合大学戦略修士課程修了。統合幕僚監部報道官、第2航空団司令兼千歳基地司令、統合幕僚監部防衛計画部長(2013年空将昇任)、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官を経て、2017年、第24代航空自衛隊補給本部長を最後に退官。現在、JFSS政策提言委員、企業アドバイザー、2019年7月からハーバード大学アジアセンター研究フェローを兼任。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。