遺伝子組み換え作物は危険なのか【要旨1】

GEPR
GEPR編集部

003

2月29日開催のシンポジウム要旨を掲載する。

本文はこちら

映像

001

シンポジウムの様子

 参加者は、小島正美(毎日新聞編集委員)、田部井豊(農業生物資源研究所上級研究員)、有田芳子(主婦連合会会長)、小野寺靖(農業生産者、北海道)の各氏。司会は池田信夫(アゴラ研究所所長)。

日本の国土の5倍弱で栽培される遺伝子組み換え作物

池田・本日は専門家を招き、さまざまな視点から問題を考えます。まず「遺伝子組み換え」という言葉に私たちは、なじみがありません。説明をいただけますか。

田部井・私たちの食べる農作物はたいてい品種改良で作られています。遺伝子組み換えはその技術の一つです。品種改良は花粉を交配させ作ってきましたが、遺伝子組み換えは重要な形質を持つ遺伝子を持ってきて植物の種子に加えるというものです。品種改良の可能性を飛躍的に増しました。

その技術で作られたので有名なのは、一部の除草剤に耐性のある作物です。ある種の農薬をまいても、その作物は枯れないというものです。次に害虫抵抗性のあるトウモロコシです。特定の害虫が食べると、その虫だけ死ぬものです。この2つが農業生産で使われ、急増しました。1996年に商品化されましたが、2014年までに世界では1億8150万ヘクタールと日本の国土の4.8倍の面積でつくられています(図表1)。増加は、農家にメリットがあったからでしょう。

001-4

(図表1)

日本では主に飼料用、コーンスターチ(トウモロコシから作られたでんぷん)などの加工原材料用に輸入され使われています。どの程度、遺伝子組み換え作物が輸入されているのかは、統計がありません。出荷の時に生産国で混ざるからです。米国では現在、トウモロコシ、ダイズ、ナタネなどの9割で遺伝子組み換え作物が使われています。日本が輸入する国からの輸入量と遺伝子組換え農作物の栽培面積の割合で推定すると、1500万トン以上の輸入になります。

002-2

(図表2)

池田・輸入されていると言うことは、日本政府は、それを認めているのですね。

田部井・そうです。その認可について農作物輸入の安全性と飼料の流通は農水省、生物多様性については農水省と環境省、食品の安全性については厚労省が担当します。遺伝子組み換え作物についての現状は、以下の3つです。

第1に、遺伝子組み換え作物は、国際的な議論を経て安全性評価の仕組みを構築しています。

第2に、日本は世界的にも最も厳しい審査を行っています。

第3に、これまで遺伝子組換え農作物・食品を危険とする報告が出ていますが、いずれも科学的に否定されています。

これらの事実を基にして議論を始めていきたいと思います。

池田・消費者運動の立場から、遺伝子組み換え作物はどのように扱われているのでしょうか。

有田・1996年に日本で遺伝子組み換え作物の安全性評価の検討が始まりました。そして、商品化された20年ほど前から、消費者運動で、遺伝子組換えは問題とされてきました。遺伝子を組み変えた食べ物には漠とした不安は誰もがあるでしょう。特に日本ではダイズを豆腐、納豆などあまり加工せずに使う食文化があります。安全性を求めるのは当然だと思います。消費者団体の中には、全ての組換えに反対をかかげるところもあります。しかし世界での栽培の拡大の中で、組換える作物などによっては、私はある程度それを受け入れる必要もあると個人的には考えます。また多くの消費者も、日常では意識はしなくなっています。

しかし、検討を深めるべきこともあると、考えています。最近の動きとして、この技術がさらに複雑になっています。これまで、一つ程度の性質を加える程度だったのに、いくつもの性質を加えるようになっています。それで安全性は確保できるのでしょうか。安全性について検証を深める必要があるでしょう。

また表示の問題があります。消費者は安全性については評価できません。そのために、消費者が選択できるように、表示を合理的に出来る範囲で広げることを、20年前から主張してきました。

残念ながら、説明も少ないですし、正確に消費者が分からない状況になっています。不安は、ぬぐい切れていない状況にあるのです。

国が認めているのに、国内栽培ゼロ−なぜか?

池田・この問題には、生産者の視点が必要です。北海道の農業生産者の小野寺さんに参加いただきました。

小野寺・私は農業大学在学中の20歳から30年農業をしています。37ヘクタールと規模の大きな専業農家で、そのうちジャガイモが12、小麦10、テンサイ10ヘクタール、それ以外はニンニクなどをつくっています。私は遺伝子組み換えを農業に活用したいと考え、調べています。しかし使うことはできない残念な状況です。

農業では雑草が問題になります。農作物は品種改良を繰り返したものだから、どうしても繁殖力が弱いです。そのまま放置すると、農地は雑草に占有され作物は育ちません。だから除草が必要です。

私の祖父母が北海道を開拓したころは除草剤がありませんでしたから、草と戦う日々でした。その頃は、耕作地は少なく、農業をやる人は1戸当たり6−7ヘクタールでした。それでも大変で、当時、50歳を過ぎると農民は腰が曲がってしまいました。草取りのためです。今はほとんどいません。除草剤のためです。

しかし除草剤がすべてを解決するわけではありません。除草剤は、それぞれに方向性があります。植物の種類、撒く時期で効果が違うために、複数使わなければならず、どうしても種類が増えてしまいます。もちろん、あまり除草剤は使いたくありません。そのために遺伝子組み換え作物を使うことによる除草を期待しているのです。しかし今はできません。

池田・国が認めているのに栽培できないというのは、何が問題なのですか。

小野寺・北海道の場合には条例が問題になります。禁止はしていないのですが、北海道の場合に上乗せ条例が、高いハードルになっています。作った農地には金網を張らねばならない、監視カメラを置かなければならない、専門家の関与が必要だなどの規制があります。一般的な農家では、とても乗り越えられる物ではありません。

池田・これは、どこの自治体でもあるのですか。

田部井・条例として上乗せ規制をしているのは、北海道、新潟、神奈川です。そして栽培の指針をもうける自治体も10ほどありますが、参入を妨げるものです。

池田・今回のシンポジウムは小島さんの編著の本『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』を出版したエネルギーフォーラム社との共催です。小島さんは、今の議論をどのように考えますか。

小島・不思議な状況ですね。国は禁止せず、周囲の理解を得ればつくれるとしているのに、その周囲の理解はまず得られません。私は、個人的には、消費者にも、生産者にも、選択の自由を与えるべきと思うのです。栽培もやってみて、問題が多ければ是正するかやめればいい。良いことが多ければ、続ければいい。そうしたチャレンジを行えないのが、疑問です。

「絶対安全」は食べ物にない

池田・遺伝子組み換え作物が自由に作られないのは風評被害をおそれてなんでしょう。原発事故後の福島と非常によく似ています。福島で放射能に対するデマが流れ、そして福島を怖いとするイメージがつくられている。危険はないと、事故から時間が経過して分かっているのに、印象が残り農業や観光に悪影響を与えています。

ただし正確な情報がなければ、不安は当然です。先ほど、食べると害虫が死ぬ作物の話がでましたが大丈夫なのでしょうか。

田部井・トウモロコシでは、アワノメイガという害虫が被害をもたらします。遺伝子組み換え作物では、その種の害虫のみに影響を与えるタンパク質をトウモロコシの中で作ります。人間がその物質を体内にいれても害はありません。この作られる物質はBtタンパク質といいますが、これは有機農法で殺虫剤として散布される物質です。人体では分解され安全性は確認されています。

また種子メーカーは特定の除草剤をかけても大丈夫な種子を販売しています。米国モンサント社による除草剤ラウンドアップに耐性を持つ種子が知られています。これは農作業の手間を減らすので、かなり広がっています。遺伝子組み換え作物が普及したことで、除草剤の使用は減少しています。多くの場所で2−3割、多いところで4割ぐらい、使用前と比べて減ることが確認されています。

絶対安全は、食品にはありません。日本人になじみ深いお米でも、アレルギーを持つ人はいます。どの国も非組み換えの作物と同程度の健康影響にとどまるなら遺伝子組み換え作物を、安全と認定しています。そして、危険という判断は出ていません。

池田・消費者から見れば、リスクをゼロが良いのは当然でしょう。しかし社会全体で考えると、別のリスクを増やす可能性があります。経済学でいう「トレードオフ」という話です。あることをすることで、別のことのコストやリスクを増やしている。遺伝子組み換えを作らないことで、経済的利益を多くの人が失っているのです。こうした状況なのに、興味深いのが役所の事なかれ主義ですね。規制しておけば、役人に責任は負わされませんから。

小野寺・それはあります。私たち専門農家は、出荷する前に、自分の作ったものを食べます。それが専門の農家です。おかしなものを出荷するなんてありえません。

有田・さきほどからゼロリスクを消費者は求めているという発言がありました。しかし今の消費者運動では、完全禁止にこだわっているわけではありません。ただし、情報を示し、選択をできる範囲を増やしてほしいと思うのです。また生産者、行政の方の萎縮や努力不足もあって、問題が進まない面もあるでしょう。

池田・表示の問題は、今どうなっていますか。

小島・これだけ普及してしまうと出荷地での遺伝子組み換え作物とそれ以外の分別が大変なので、どの国も混入を認めています。米国は原則ないですが、州では表示を求めるところもあります。EUは、意図せざる混入率を、0.9%以下としています。日本は5%以下です。

この表示を裏側から見れば、GM作物が安全だという証拠となります。本当に健康に悪影響のあるものであったのなら、わずかでも入ってはけないはずです。人体に影響のある農薬はPPM(パーツ・パー・ミリオン:は、100万分のいくらであるかという割合を示す数値)濃度で規制しています。GM作物はパーセントです。いかに安全かがわかりますね。

数年前に農水省の審議会でさまざまな食品のリスク評価をしました。遺伝子組み換え作物では、どの専門家もリスクがないので評価ができないと一致したのです。専門家の中で大丈夫というコンセンサスがまとまりつつあることは、もっと一般に知られていいと思います。

池田・農業では農薬の大量使用の方が、健康被害を高めるでしょう。それなのに、行政も問題を逃げています。

この問題は、全体で考えても解決しないでしょう。それぞれの消費者が個人的にリスクとコストのトレードオフの中で、自分はどのように判断するのか、決めるべきであると思います。だからこそ表示は積極的にやるべきと思う。それなのに、行政はあいまいな形にして問題を逃げているようです。

以下【要旨2】に続く。

(編集・アゴラ研究所フェロー 石井孝明)