ガソリン放火テロから身を守るには --- 牧 功三

ガソリン放火テロから身を守るには

12月17日に大阪市北区曽根崎新地の8階建て雑居ビルの4階にあるクリニックで、男がガソリンを使って放火することにより患者ら25人が一酸化炭素中毒により亡くなるという痛ましい事件が起きてしまった。警察の捜査が進むにつれてかなり周到に計画された犯行であったことが明らかになってきている。

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残念ながらすぐにできる対策はない

多くの有識者が指摘しているように、今回の建物には避難経路が1つしかなく、その経路を犯人により塞がれてしまい逃げ場が失われてしまったことにより多くの被害者が出てしまった。繁華街にこのような雑居ビルは多く存在しているが、残念ながらすぐに実行可能な再発防止策はないと考えていい。

絶対にこうした事件で犠牲になりたくないと思われる方はこういった雑居ビルの利用を避けて避難経路が2つ以上ある建物を利用することである。避難経路が複数あっても荷物が置かれていて常時ふさがれているケースもあるのでそういった点も注意するべきである。また頻繁に利用する建物においては避難経路をよく確認しておくことである。それから可能なかぎりスプリンクラーが設置されている建物を利用するべきである。

目安として日本では法規制により11階建て以上の建物にはスプリンクラーが設置されていることが多い。

スプリンクラーはガソリンを使用した放火にも有効

建物における最善の防火対策とはスプリンクラーを設置することであり、日本以外では防火における統一見解と考えていい。NFPA(全米防火協会)が発行している最新の統計(2015~2019)によるとスプリンクラーの有効性は88%であり、火災1,000件あたりの死者数を6.7人から0.7人と約1/10に減らしたとしている。スプリンクラーの有無で火災における生存確率が約10倍違うということである。

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特殊な例を除いてスプリンクラーはほとんどの建物火災に有効である。今回のケースや京アニ火災のような「ガソリン火災」にスプリンクラーは不適と指摘される方もいるようであるが、これらのケースで犯人が持ち込んだガソリンは10リットル以下の少量にすぎない。

ちなみに国内消防法でガソリンが少量危険物として規制対象となる量は40リットルでありそれ以下の量であれば規制対象外である。ガソリンは揮発性が高くこの程度の量のガソリンは着火後の数秒から数十秒で燃え尽きたと思われる。そこから先は家具やカーペットやカーテンなどが燃える一般の火災にすぎない。

スプリンクラーからの散水によって着火場所の周囲の可燃物や天井を濡らして燃えにくくすることにより火災の制御が可能である。調べたところアメリカでガソリンを使用した放火をスプリンクラーにより消火(あるいは制御)したという例が3件あったので紹介する。

  1. 2009年12月7日、ユタ州ソルトレイクシティー市の3階建てアパートにおいて、住人の避難経路を塞ぐように共用廊下の全長にわたってガソリンで放火されるがスプリンクラーにより消火され負傷者はゼロ(出典DeseretNews)。
  2. 2020年6月1日、ニューヨーク州ポキプシー市のアパート2階の廊下にガソリンで放火されるがスプリンクラーにより消火。住人は全て避難し死傷者はゼロ(出典:MidHudsonNews)。
  3. 2021年10月7日、コロラド州オーロラ市のアパート2階でガソリンを使って放火されるがスプリンクラーにより制御。住人は全て避難し死傷者はゼロ(出典:KDVR)。

NFPAが出している放火に関する最新の統計(2014~2018)によると、アメリカでは年平均で52,260件の放火が発生しており400人の死者および950人の負傷者が発生している。ガソリン等の可燃性の液体やガスを使用した放火は件数においては全体の6%にすぎないにも関わらず死者の37%および負傷者の22%を占めている。

日本で必要なのはスプリンクラーの自主設置を増やすこと

 火災による被害を減らしたいのであれば日本でももっとスプリンクラーを普及させることである。アメリカではNFPAが推定普及率のデータを定期的に出しており、最新のデータ(2015~2019)によると戸建て住宅も含めた全建物における推定普及率が10%である。医療施設にかぎれば58%と非常に高い。

日本では1990年に消防庁が公表した全建物の推定普及率0.12%というデータがあるが最近はデータ公表していない。筆者の推定だが現在でも1%に遠く及ばないものと思われる。

アメリカで設置されているスプリンクラーの多くが法規制の制約を受けない自主設置である。とくに小規模の建物や、工場・倉庫などの産業関連の建物において自主設置の割合は高い。自主設置においては建物所有者・管理者の裁量により使用する機器の種類や維持管理の内容・頻度を自由に決められるが、自主設置だからといって有効性が劣るわけではない。

一方、日本で設置されるスプリンクラーのほとんどが消防法による義務設置である。義務設置においては設備の未設置や維持管理の違反に対する罰則規定があり、最も重い罰則が7年以下の懲役又は5百万円以下の罰金(第39条の2)となっている。また自治体が違反者を公表する制度もある。

建物所有者・管理者で、義務設置の対象拡大や罰則強化を歓迎する方はいないと思われるが、罰則が適用されない自主設置のスキームを拡充させて防火の選択肢が増えることを歓迎する方は多いのではないか。

しかし建物の規模が小さくなるほど設備の設置および維持管理のコスト負担が大きくなるため、コストをどうやって下げるかが問題である。

スプリンクラーの設置および維持管理のコストを下げるには

 アメリカなどでは公設水道管の圧力が高く消火用水を直接供給することができるので低コストでスプリンクラーを設置できるケースが多い。

一方、日本では水道法の制約により公設水道管から消火用水を直接供給することは高齢者施設等の一部の施設以外は認められていない。ほぼ必ず消火ポンプと地下消火水槽の設置が必要となるがこのコスト負担は大きい。将来的には公設水道管の圧力を上げて他国と同じように消火用水の直接供給ができるようにすることが望ましい。

それから、国内消防法第21条の2によりスプリンクラーヘッドなどの12種類の検定対象機械器具については日本消防検定協会または登録検定機関が行う国家検定を通ったもの以外は販売すらできなくなっているが、この規制により消防設備機器に市場原理がはたらいているとは言い難い。

さらに義務設置においては年2回の消防設備点検が義務付けられておりこの負担も大きい。建物所有者・管理者の裁量で、消防法の制約を受けずに設備の設置および維持管理ができる範囲を拡大すれば自主設置を増やせる可能性があるのではないか。

また、一部の自治体は医療施設へのスプリンクラー設置に補助金を出しているがこの制度を医療施設以外の施設にも拡大できないものか。それから国外ではスプリンクラーの設置により損害保険料が平均で50%下がるとされているが同じことを日本でできないのは何故か。その理由は不明である。

消防法のスプリンクラーは有効にはたらくのか?

消防法に則った検定品を使わずに設備点検も受けていない。そんないい加減な設備が有効にはたらくはずがないと思われる方もいるかもしれないが、アメリカのスプリンクラーはその多くが自主設置であるにも関わらず有効性は88%と非常に高い。

一方で日本のスプリンクラーの有効性がどのくらいかというと、日本では国としてこのデータを公表していない。東京消防庁がデータを公表しているがデータ数が非常に少なく年間10~30件(2014~2019)とアメリカの1/1000以下である。参考になるか分からないが有効性は78%とアメリカより低い。

日本では、国として消火設備がどのくらい有効に機能して火災における被害をどのくらい減らしたかといった定量的なデータを公表しておらず、おそらく現在はこのデータを集計していない。

この1年の間に機械式駐車場の全域放出型二酸化炭素消火設備の誤作動による3件の事故が発生して7人の方が亡くなられているが、過去に遡れば、この設備により国内で少なくとも十数人の死者を出している。一方、駐車場の火災に対してこの設備がどのくらい有効に機能したかというデータは公表されていない(おそらく誰もデータを集計していない)。

筆者はかなりの時間を費やして調べたにも関わらず、この設備によって消火に成功したという事例を1件も見つけられなかった。この設備が設置されていたにもかかわらず作動せず消火に失敗したという事例を1件見つけられたのみである。この設備は駐車場において実際には有効に機能しないのではないか。この設備を駐車場に設置しているのは日本だけであり日本の法規制が誤りであることは明らかであるが(詳細は別記事を参照)、この設備に対しても未設置や維持管理の違反について消防法の厳しい罰則が適用されるのである。何とも理不尽な話ではないのか。

牧 功三
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者