進化する日本の防衛政策、見つめ直す安保法制の意義

日豪地位協定はなぜ可能だったのか?

2022年度の政治日程が17日の通常国会の招集を受けて、本格的に始動した。岸田首相はその始まりを告げる施政方針演説に臨んだが、その中でいまいちメデイアの間で重要性が認識されていなかった事柄について今回の原稿で筆者は取り上げる。それは日豪円滑協定である。

日豪円滑協定に署名する岸田首相とモリソン豪首相(首相官邸FBより)

この協定は文字通り、自衛隊とオーストラリア軍が災害対策や共同訓練を「円滑」なものにするために、両国の部隊がお互いの国に赴く際の法的地位、手続きを定めた取り決めである。本協定は安倍政権からの懸案事項でもあったが、日本で死刑制度が現存しており、逆にオーストラリアがそれを廃止していたことから、締結まで7年の歳月を要した。

しかし、中国の脅威が増長している中で足踏みをしている場合ではないということで、オーストラリアが折れる形で、公務外の犯罪については部隊を受け入れている国の法律が適応されることで妥協が成立した。つまり、オーストラリアで容認していない死刑制度が場合によっては自国民に適応されることを容認したのである。ある意味ではオーストラリの厳しい対中認識を象徴する決断だと言えよう。

実際、どのメデイアも対中政策の文脈でこの協定を評価しており、さらに共通しているのが「日米地位協定以外では初めて」の取り決めという文句であるが、筆者は違う切り口から今回の協定について論じる。

それは本協定が安保法制なくしては誕生し得なかったということであり、安保協定の有用性を今一度示したという論点である。

安保法制とはなんだったのか

日豪地位協定の締結により、日豪の安全保障面での連携が緊密になり、中国に対する抑止力も向上した。それらは画期的な事項であり、各メディアも報じて当然であるが、これを機に本協定の成立を可能にした安保法制を再評価するべきではないだろうか。

安保法制といえば、一般的には2014年の安倍政権の下で閣議決定された集団的自衛権の解釈変更を法律に反映させるために通された法律だという印象があるが、それだけに止まらない。安保法制は一つの法律のことを指すのではなく、日本の平和と安全を守るための法律のパッケージの総称がそれに当たる。その中で、日豪円滑協定に直結するのが、自衛隊が米軍以外との軍隊と連携を取ることが可能になったことである。

安保法制を束ねる各法律の改正前後の文章を比べると、改正前の法文はアメリカ合衆国と協力することだけを念頭に置いていることが分かる。例えば、改正以前は略して米軍行動関連措置法だった法律を読んでみれば、有事の際に自衛隊が連携を取れるのは米軍だけに限定されている。しかし、この法律の改正案である米軍「等」行動関連措置法は有事が発生した時は、米軍だけではなく、その他の「外国軍」とも協力できることを可能にした。以下がその新しい法律で定められている、第1条にあたる文章からの抜粋である。

​​武力攻撃事態等又は存立危機事態において自衛隊と協力して武力攻撃又は存立危機武力攻撃を排除するために必要な外国軍隊の行動が円滑かつ効果的に実施されるための措置その他のこれらの行動に伴い我が国が実施する措置について定めることにより、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。

 そして、安保法制で新たに整備された法律を読めば、米軍だけではなく、将来的には他の国の軍隊とも安全保障面での協力体制が構築できるように設定されている。

 安倍晋三の先見の明

 以上のことから安保法制の成立がなければ、日豪地位協定という取り決めそのものが、成立する余地が無かったことがわかる。それはそれまでの法体系が日米関係の枠組みの中でしか機能しなかったことを意味する。しかし、安保法制のおかげで、アメリカだけではなく、近隣諸国や遠くは欧州までの範囲で、重厚な同盟関係を組み立てることが法律的にできるようになった。

さらに言えるのが、安倍晋三前首相の先見の明である。当時の世論は集団的自衛権の是非だけに焦点が向いており、肝心の詳細まで議論する余裕が無かった。だが、冷静になって再度読んでみると、将来を見据えた発展的な法律だったということが分かる。現在、日本だけではなく、世界的に中国に対する見方が厳しくなっているが、安保法制はまさにそれを予測していただけではなく、その時期が来るための前準備をしていたとも言えよう。そして、そこまで国際社会の趨勢を予見していた安倍前首相の外交感覚には感嘆せずにはいられない。

今年で安保法制の施行から7年経ち、未だにリベラル層の方からは反発がある。しかし、7年前に安倍政権下で植えられた安保法制という「種」は着実に日豪円滑協定という「実」になり、日英(交渉中)や日仏(20日の2プラス2会談で事務レベルでの議論を開始することを確認)の円滑協定という新たな「芽」も見せ始めている。日本の安全保障政策は従来の日米同盟の構造から飛躍し、加えてバージョンアップもしているのである。

あれほど物議を醸した安保法制の効用がやっと見に見える形で現れ始めている。そして、厳しさを増す安全環境の中で日本が生き残っていくための道しるべとなっていくであろう。