入り乱れるジャーナリズムの表現
ウクライナ情勢が緊迫し、各新聞とも1面トップの扱いです。軍事情勢についての表現は、これまで見られなかったほどまちまちで、読者や視聴者が混乱しています。
派兵、進駐、侵攻、進軍、侵略などが見出しで踊っています。さらに「本格侵攻」「実効支配」などの説明をつける新聞もあります。現地情勢を直接、取材できないための結果でもあります。
読者や視聴者は混乱するばかりですから、用語解説を掲載し、どのような判断基準でそうした言葉を使っているのかを明らかにしてもらいたい。一覧表を掲載し、新聞社の立場を分かりやすく説明してほしい。簡単にできることです。まず1面の見出しを比べてみました。
最も穏やかな表現は、「露、ウクライナ派兵へ/親露地域の独立承認」(読売)です。「ウクライナ東部/派兵命令」(日経)も似てはいるものの、その実態については、EUに委ねて「EU『ロシア軍進軍』」としているのが違います。読売はその程度まで踏み込んだ見出しをつけるべきでした。
自衛隊の海外派遣政策で国内が揺れた時、穏当な「海外派遣」と、強いニュアンスを持った「海外派兵」と表現する新聞に割れました。第1次世界大戦の際には、連合国による「シベリア出兵」(軍隊の共同派遣)がありました。ウクライナ問題でそれらを思い出しました。
「親ロ派地域に進駐へ/独立を一方的承認」(朝日)は、「派兵」よりは強い「進駐」に意味を持たせ、「米/本格侵攻を警戒」をそで見出しにとり、「侵攻」の前段階であることを示唆しました。一方、強い表現は「露軍がウクライナ侵攻へ」(産経)で、社説では「侵略」との表現を使っています。
社説はどうか。読売は「ロシアの暴挙は断じて許さない。他国の領土の『独立』を一方的に承認することの正当性はどこにもない。ウクライナ政府軍と衝突する危険が高まる。全面的な侵攻の構えに変化はない」と。ウクライナ軍との戦闘が開始されれば、侵攻か侵略かに切り替えるのでしょう。
朝日は「プーチン氏の行動は隣国の切り取りであり、事実上の侵略だ。ロシアは支配地域をさらに広げ、ウクライナ政府に力で圧力を加える可能性もある」と。政府軍との全面衝突ならば侵略、1部の州の切り取りは「事実上の侵略」という判断でしょうか。
日経は「とうてい認めるわけにはいかない」、「今後、ロシア部隊の動向を注視する必要がある。本格的な軍事侵攻を許さないためにも、外交努力を惜しんではならない」と。実態は、外交努力をロシアが放棄した段階にもう入ってしまっていると思います。
経は「ロシア軍のウクライナ入境は明確な軍事侵攻だ。東部2区域への派兵は露骨な侵略である」と。侵攻ともいい、侵略ともいい、はっきりしています。その場合でも、判断基準の説明が必要です。とにかくこれほど各紙の表現がばらばらなことは珍しい。
ついでにいうと、私がかねてから疑問に思ってきたのは、「中国、ロシアのような権威主義」という「権威主義」という政治用語です。政治学で使う言葉を時事用語でもそのまま使っている。
以前、「権威主義という政治用語は誤解を生む 強権的な国家と呼ぼう」というブログ(1月31日)をアゴラに掲載しました。「権威」という言葉には「すぐれた人物、事物。社会的な信用」などの意味があり、主義をつけて「権威主義」と呼ぶと、ニュアンスが変わってしまう。
政治学で政治体制を「民主主義、権威主義、独裁政治、全体主義」などと分類しているのを、そのままジャーナリズムで使っている。「強権政治、権力政治」とかにしてはどうかと提言しました。
今日の日経では、ウクライナ問題の記事に「民主主義と強権主義の分裂が鮮明となり、世界の混迷は深まる」「ロシアと中国に代表される強権陣営と民主主義との対立が先鋭化した」とありました。これが正しいのです。「権威主義」は誤解を生む言葉で、死語にすべきです。
「権威主義」の問題を含め、ジャーナリズムは使う時事用語のニュアンスを考え、その判断基準を明示する習慣をつけてもらいたいのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。