オミクロン株の流行に対する切り札として新型コロナウイルスワクチンの3回目接種が進められているが、20歳代と30歳代の接種率は20%台に低迷している。その理由のひとつは、わが国におけるオミクロン株に対するワクチンの効果に関して具体的な数字が伝えられていないこともあると考えられる。
前稿で、厚労省が発表する2回接種後の感染予防効果は、70歳代で86%、80歳代で95%と高い値を示していることを紹介したが、この年代のほとんどは、ワクチンの2回目接種からすでに半年以上経過している。海外からの報告では接種から半年以上経過すると例外なく感染予防効果は20%以下に低下していることから、わが国が高い感染予防効果を維持している理由が求められる。
厚労省と感染研のデータの違い
厚労省の発表する感染予防効果は、新型コロナウイルス感染症等情報把握・管理システム(HER-SYS)のデータにもとづくが、国立感染症研究所(感染研)からもHER-SYSで把握されたデータをもとに、新型コロナ感染者のワクチン接種状況が報告されている。厚労省のデータは、4月6日の報告までは、未接種者、2回接種者、接種歴不明者に区分され、3回接種者のデータは2回接種者のデータに含まれていたが、4月13日の報告からは、2回接種者と3回接種者を感染研の報告と同じように区分されるようになった。
表1は2022年3月28日から4月3日までにおける新型コロナ感染者数の厚労省と感染研の公表データの比較を示す。
データの出どころは、同じHER-SYSでありながら両者の数字にいくつかの違いがある。とりわけ、65歳未満の感染者の総数において、感染研の284,149人と厚労省の197,260人とでは大きな隔たりがあった。また、接種歴不明者が全体に占める割合は、厚労省では65歳未満が16.4%、65歳以上では15.7%で、感染研のそれぞれ33.6%、34.5%と比較して1/2であった。
感染研では、未入力のデータがある場合には接種歴不明にカウントしているが、厚労省では、入力データが不完全な場合は報告していない可能性がある。HER-SYSのアンケート項目には、接種日の日付も含まれており、接種日の日付を正確に記憶していないために、接種歴が不明とされたり、報告が採用されない場合も多々あることが想像される。それゆえ、接種歴不明者や報告が採用されない場合の多くはワクチン接種済みである可能性が高いと考えられる。また、65歳以上における未接種者における感染者数が、厚労省の発表では4,127人と、感染研の1,295人と比較して3.2倍あるのも大きな違いである。
厚労省公表データによる感染予防効果の計算
厚労省の公表データを使って感染予防効果を計算すると、2回接種者では、65歳未満で61%、65歳以上では49%と以前の報告と比較して低下したが、3回目の接種をすることで、それぞれ、92%、85%に回復した。これまで、厚労省の発表する2回接種者には、3回接種者が含まれていたので、3回接種者の感染予防効果が全体の感染予防効果を押し上げていたと考えられる。
このことを考慮しても、ほとんどが、2回目接種から半年以上経過したと考えられる65歳以上の感染予防効果が49%というのは、海外からの報告と比較して大変高い値である。
感染研公表データによる感染予防効果の計算
一方、感染研のデータには、感染者数は記載されているが、(未)接種者数は記載されていない。感染予防効果の計算には(未)接種者数が必要であることから、日本の年齢別人口統計と首相官邸ホームページに公表されているワクチン接種率を用いて、ワクチン(未)接種者の人数を推定した。
表3には、感染研のデータにもとづいたオミクロン株に対する感染予防効果を示す。2回接種では、65歳未満で62%、65歳以上では-140%と厚労省のデータを使って計算した値と比較して低値であったが、3回目の接種を追加することで、感染予防効果はそれぞれ87%、56%に回復した。
念のために、感染研の発表する感染者数と厚労省の発表する(未)接種者数を用いて計算した感染予防効果は、2回接種では、65歳未満で61%、65歳以上では-79%、3回接種では85%、47%であった。65歳以上の高齢者における厚労省の発表データで算出した感染予防効果と感染研の発表データによる感染予防効果の違いは、厚労省と感染研が発表する65歳以上の未接種者の感染者数が大きく違うことによると考えられる。
なお、感染研のデータでは、接種歴不明者が全体の1/3と高い割合を占めていたので、先に述べた理由から、接種歴不明者を、2回接種者、3回接種者の割合に応じて振り分けて、2回接種者、3回接種者の人数に加えた値で計算した感染予防効果を表4に示す。2回接種では、65歳未満で32%、65歳以上で-280%、3回接種では75%、30%と、接種歴不明者を除外して計算した表2と比較して感染予防効果は著しく低下した。
感染予防効果の逆転現象?
本論考の目的は、厚労省の発表するわが国のオミクロン株に対する感染予防効果が海外からの報告と比較して高い理由を明らかにすることにあるが、同じ期間の感染研のデータと比較することで以下の推論を得ることができた。
- 3月21日の週までは、厚労省が発表する2回接種者には3回接種者が含まれており、3回接種者の感染予防効果が全体の感染予防効果を押し上げた可能性がある。
- 入力データが不完全な報告を除外することで、実際よりも高い感染予防効果が得られた可能性がある。
思いがけないことに、感染研のデータを解析したところ、65歳以上では、2回接種者は未接種者と比較してかえって高い感染率を示し、感染予防効果はマイナスの値を示した。この原因として、65歳以上の未接種者の低い感染率が考えられる。感染研の発表データによる65歳以上の未接種者の感染率は厚労省の発表データで計算した感染率の1/3であった。この結果、65歳以上の2回接種者では、未接種者と比較して感染しやすく、感染予防効果の逆転現象が見られた。
65歳以上の未接種者において、厚労省と感染研のどちらのデータが正しいのかを明らかにする必要がある。
まとめ
今回の検討で、ワクチンの3回目接種で感染予防効果が回復するのは明らかであるが、重要なことは、効果の持続期間である。ワクチンの追加接種を進めるにあたっては、わが国で検証した正確なワクチンの効果を国民に伝えることが、国民からの信頼を得るには必須である。
同じHER-SYSで収集したデータによるのにもかかわらず、厚労省と感染研で公表する感染者数に大きな違いがあることは、国民からの信頼を損なうことにもなりかねない。また、接種歴不明者の占める割合が高いことも、正確な感染予防効果を算出するのに妨げとなっている。
わが国における今後のワクチン行政を論じるにあたっては、HER-SYSで集積したデータの科学的な解析を進め、その結果を国民に開示することが先決である。
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小島 勢二
名古屋大学名誉教授・名古屋小児がん基金理事長。1976年に名古屋大学医学部を卒業、1999年に名古屋大学小児科教授に就任、小児がんや血液難病患者の診療とともに、新規治療法の開発に従事。2016年に名古屋大学を退官し、名古屋小児がん基金を設立。