米2年債と米10年債の利回りの間での逆イールドや、迫りくるFedの金融引き締めを前に、景気後退懸念が高まっているのはご案内の通りです。ウォール街からは新債券王として知られるダブルライン・キャピタルのジェフリー・ガンドラック最高経営責任者(CEO)を始め、ヘッジファンド運用会社オメガ・アドバイザーズの創業者で資産家のレオン・クーパーマン氏、物言う投資家カール・アイカーン氏など、錚々たる面々が警告済み。エコノミスト業界からは、NY地区連銀の前総裁でゴールドマン・サックスでチーフエコノミストを務めたビル・ダドリー氏が「不可避」と述べたほか、グリーンスパン氏にFRB議長時代、金融政策部長を務め同氏に金融政策を指南したと言われるヴィンセント・ラインハート氏は、年末までに景気後退りする確率を50%予想します。
この方が指摘されるように、21年11月にワシントン・ポスト紙で並み居るノーベル賞受賞経済学者を抑えてインフレを予測したサマーズ元財務長官も、景気後退入りのリスクを唱える一人。 WP紙に寄稿したサマーズ氏いわく「過去75年間、インフレが4%を超え失業率が5%以下で推移する場合、米経済は2年以内にリセッション入り」してきました。
足元を振り返ると、米2月消費者物価指数(CPI)は前年同月比7.9%、失業率は21年9月から5%を割り込み3月は3.6%。サマーズ氏はFedがこれまでソフトランディングさせてきたと指摘し、労働参加率の上昇やボトルネックの緩和がインフレ抑制に有効と説明していますが、ブルームバーグTVでは4月8日、「景気の過熱と政策対応の遅れ、それに供給ショックが重なったのは、非常に厳しい組み合わせだと考える。今後2年ほどでリセッションに陥る可能性は、そうでない可能性よりも間違いなく高い」と警告しています。
チャート:失業率が5%以下、CPIが4%以上でリセッション入り、果たして今回は?
一方で、この方はリセッション(recession、不況)ではなくウォーセッション(war-cession、戦争不況)に注意すべきと呼び掛けます。
その人とは、インディペンデント・ストラテジーのデビッド・ロシュ社長。ロシュ氏といえば、1994年までモルガン・スタンレーのヘッド・オブ・リサーチ・ストラテジーを務め、ソ連の終幕とベルリンの壁崩壊を予想して一躍時の人となりました。ニュー・マネタリズム理論を通じ、2007~08年の金融危機も予言したといわれてます。
通常の景気後退ではご案内の通り、生産活動と需要が落ち込みインフレが低下します。しかし、ロシュ氏によればウォーセッションの場合、生産活動が急低下すると同時に、コスト負担は増大しインフレは上振れしてしまいます。今まさに、その状態が労働市場のミスマッチや商品価格に表れており、ロシュ氏いわくこの状態が予想以上に続く見通し。中央銀行は成長を犠牲にしてもインフレ抑制に集中せねばならず、利上げ打ち止めは株式市場が織り込むより遅れてやってくる公算が大きい――というのがロシュ氏の見立てです。
何より、ロシア側は勝利を演出できない内にウクライナから撤退できず、対ロ制裁の解除という引き換えなし停戦に応じる可能性は低い。その上、ロシア軍による残虐行為によりウクライナ側が停戦合意のハードル上げてもおかしくありません。こうした緊張継続は、供給制約などの長期化を招き物価を高止まりさせる――ロシュ氏はそう分析すると同時に、西側は最終的に“プーチン政権転覆”という選択肢を検討せざるを得ないと大胆なシナリオまで描きます。
政権転換はさておき、世界銀行が2022年のウクライナの実質GDP成長率を45.1%減、ロシアも11.2%減と試算していますが、対ロ制裁はロシアからのエネルギーや穀物など食品の輸入の減少を意味するだけに、ウクライナとロシア以外でもウォーセッション入りしかねません。可能性が高いのは、天然ガス4割をロシア、小麦2割をロシアとウクライナなどに頼る通り両国との依存度が高い欧州各国でしょう。欧州経済のけん引役であるドイツに至ってはGDPの約4割を輸出が占め、さらにお得意様の中国は製造業PMIが分岐点割れですから、泣きっ面に蜂です。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2022年4月19日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。