安倍元首相銃撃事件につけ込む中国の宣伝工作(藤谷 昌敏)

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷 昌敏

7月8日、安倍元首相が凶弾に倒れた。場所は、奈良市の近鉄・大和西大寺(やまとさいだいじ)駅の北口付近であり、安倍元首相はそこで自民党の現職参議院議員佐藤啓氏の応援演説を行っていた。世界ではウクライナ侵攻が止まず、中国による台湾への武力統一さえ懸念される中、日本にとってはこれからの政局を大きく左右する非常に残念な死だった。

この事件後、内外のSNSでは、安倍元首相に対する追悼の意を表するメッセージが多数発信された。

例えば、

米国大統領ジョー・バイデン
「何よりも、安倍元首相は日本国民を深く思いやり、その生涯を日本国民のために捧げた。攻撃された瞬間も、彼は民主主義の仕事に従事していた。暴力的な攻撃は決して許されるものではなく、銃による暴力は常に、その影響を受けたコミュニティに深い傷跡を残すものだ。米国は、この悲しみの瞬間にある日本とともに歩んでいく。彼のご家族に深い哀悼の意を表する」

英国女王エリザベス2世
「安倍晋三元首相の突然の訃報に接し、私たち家族は深い悲しみに包まれている。安倍夫妻が2016年にイギリスを訪問された際にお会いできたことは、とても良い思い出だ。安倍元首相が日本への愛とイギリスとの絆をこれまで以上に緊密にしたいという思いは明らかだった。この困難な時期に、安倍元首相のご家族と日本の皆様に深いお悔やみを申し上げる」

台湾総統蔡英文
「暴力という不法行為を厳しく非難する。安倍晋三元首相のご逝去の報に接し、言葉にならないほどのショックを受けている。台湾国民も深い悲しみの中にいる。安倍先生は生前、台湾に実に多くのご支援とご配慮をくださった。私たちはこのことを決して忘れない。先生は天国でもきっと、インド太平洋地域の民主主義を見守ってくださると信じている。心からのご冥福をお祈りする」

このほか、台北市内の高層ビルでは、「謹んで哀悼の意を表する 安倍首相」「台湾の永遠の友」「感謝 安倍首相」「台湾への支持と友情」などのメッセージをビルの壁面に映し出した。

中国のネットに氾濫する安倍元首相への誹謗中傷

国内や国外の要人による安倍元首相に対する感謝と賛美の言葉と反対に、中国のSNSでは、安倍元首相に対する様々な誹謗中傷のメッセージや画像が溢れた。

例えば、7月10日の「微博(ウェイボー)」など複数のSNSを覗いてみると、

【フェイク動画】
日本のNHKなどのニュース速報の動画の中で、「安倍信三元首相死亡確認」「安倍晋三元首相亡くなる」とのタイトルが付けられ、報道するアナウンサーの顔が笑顔に加工されたものが流された。「日本の司会者:安倍さんが亡くなったとは?ハハハハ…」とのテロップが補足されていた。

【メッセージ】
「見事にやった、若者、今後こういうクズを一匹でも多く消滅しよう、俺たちみんなお祝い麺食べている」
「どこの反日の英雄なのでしょうか?」
「ケネディ大統領、安倍元首相と会談」(あの世で会談していると言う意味)
「今日は料理2点を追加して祝おう!死者の気分はどう?こんなにいい銃なら、空撃ちなんてしないはずでしょう?」
「死ぬのが遅すぎるとしか言いようがない!死が少なすぎる!すべての日本人は死ぬべきだ!生まれつきの雑種!」
「日本人は死んではいけない!中国、イラン、ロシアは連合すべきだ!すべての日本人を殺して、すべてのヨーロッパ人を殺して、すべてのアメリカ人を殺して!アメリカ、ヨーロッパと日本のすべてを燃やす」
「なぜ安倍晋三だけが一人で死ぬのか。すべての日本人が死ぬのではなく?」

【ネット動画・画像】
DJが叫び踊るクラブの中の動画が流れ、「天下の人がこぞって喜び祝う」「大喜びをする」と書かれたタイトルを付けられた安倍元総理の遺影が飾られていた。
商店の軒先の画像が掲載され、「安倍死亡を祝う、最高の楽しみ、本店の商品を一個買ったら、もう一個おまけにする」との看板が掲示
喫茶店の軒先の画像が掲載され、「安倍死亡を祝う、ミルクティーを1個買ったら、もう1個おまけにする、連続3日の最強お祝い」との看板が掲示

中国「五毛党」が誹謗中傷のメッセージを大量生産

中国では、国内外で何らかの事件があった場合、「五毛党」(ごもうとう)というグループが主体となってSNSにメッセージを発信する。「五毛党」とは、中国共産党配下のインターネット世論誘導集団のことであり、正式名は網絡評論員(インターネットコメンテーター)と言う。2005年ごろまでは書き込み1件当たり5毛が支払われていたことから「五毛党」と名づけられた。

「五毛党」は、通常は一般人を装って、SNS上のコメントや電子掲示板などに、中国共産党政権に有利な書き込みをし、反対に共産党政権に批判する人や団体に対する集団攻撃をして、大衆に対する世論誘導を行っている。さらに中国共産党は数百万人ともいわれる大量の人員を動員して、インターネットの管理および統制を行い、1,000万人以上を「五毛党」に雇用するだけではなく、海外の世論を誘導するためにその拠点を国外にも拡大している。

元々、中国共産党は、宣伝工作を重視しており、2000年代初めから、中国当局はインターネットにおける「政府批判」「共産党批判」などの言論を削除する一方、中国と対立する勢力への批判や誹謗中傷は放置してきた。要するに中国政府にとって都合の良い世論を形成してきたのだ。

こうした中国共産党による宣伝工作は、多種多様に展開されている。例えば、台湾では、親中派の人物が経営する旺旺集団有限公司(本社:上海市閔行区)がメディア・グループ「中時集団」を買収して、中国寄りの論調を展開し、記者が相次いで辞めたほか、市民による抗議デモが行われるなど今でも混乱の火種となっている。

今回の安倍元首相の銃撃事件は、日本人にとっては痛恨の極みではあるが、こうした弱みに付け込んでくる中国共産党の宣伝工作に惑わされることなく、冷静沈着に対応していかなければならない。

藤谷 昌敏
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程修了。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、一般社団法人経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2022年7月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。