亀井金融担当相が言い出した「モラトリアム」は、最初はマーケットでも「弱小政党の党首が何を言うか」と一笑に付していましたが、ここにきて具体的な法制化の話し合いが始まり、笑い話ではすまなくなってきました。ただ亀井氏もトーンダウンし、政府が融資契約を一律に凍結する文字通りのモラトリアムではなく、連立3党が昨年末に参院に提出して廃案となった「貸し渋り・貸しはがし防止法」をベースに法案化を進める方向のようです。しかしこれも、かえって不況を長期化させるおそれが強い。
木村剛氏もいうように、中小企業への貸し渋りが起きていることは事実ですが、その原因は亀井氏のいうように銀行が怠慢だからではありません。貸金業法の改正をはじめとする金融規制の強化によって、中小企業向けの融資の主力だったノンバンクが崩壊したことが最大の原因です。これを放置したまま銀行に融資を強制したり、借金を棒引きにさせたりしたら、銀行経営が破綻し、不況はかえって深刻化するでしょう。
中小企業金融というのは、基本的にハイリスク融資であり、かなりハイリターンでない限り、事業としては成り立たない。それを善意だけで低利融資でやろうとすると、新銀行東京のようにボロボロになってしまいます。商工ローンのようなノンバンクは、荒っぽい融資回収などの問題はあるにしても、今のように大手の支払いが遅れやすい時期には、つなぎ資金を供給して黒字倒産を防ぐ安全弁の役割を果たしていたのです。
ところがノンバンクをサラ金と一緒ににつぶしたことによって、金利の期間構造(短期と長期の金利の相関)にゆがみが生じて、ローリスク・ローリターンの大企業金融と超ハイリスクの闇金融しかなくなり、まんなかの年利15~30%のミドルリターンのビジネスが成り立たなくなってしまいました。このゆがみを是正せずに安易な強権発動をしても、問題はかえって悪化するだけです。
「貸し渋り防止策」は、90年代後半にも金融庁が実施したことがありましたが、その結果、何が起きたでしょうか。銀行は金融庁の顔を立てて中小企業融資の残高を維持するため、資金需要はなくても安全な中小企業に融資をシフトし、危ない中小企業からの資金回収は「貸し剥がし」として非難を浴びるため、公庫融資などに押しつけて逃げた。その結果、大量のゾンビ企業と政府系金融機関の膨大な赤字が生じ、不良債権問題は長期化したのです。
金融副大臣の大塚耕平氏は日銀出身だから、こうした家父長的な金融政策が「失われた10年」の大きな原因だったことを知っているはずです。一度目の間違いはしょうがないが、同じ間違いをもう一度やるのはバカです。日本経済が「失われた30年」に入ることを防ぐためにも、90年代の教訓を生かし、ルールにもとづいた金融政策を堅持すべきです。
コメント
この金融の話を聞いていると、雇用問題と全く同じ事が起きているように感じました。
【金融】資金回収を始めると「貸し剥がし」と非難される⇒最初から貸さない
【雇用】契約を打ち切ると「雇い止め」と非難される⇒最初から雇わない
【金融】ローリスク・ローリターンの大企業金融と超ハイリスクの闇金融しかなくなる
【雇用】ローリスク・ハイリターンの正社員と、ハイリスク・ローリターンの非正規労働者しかいなくなる
「一段階論理の家父長的正義」が如何に世の中を困窮させるとかという事例ですね。
私はこの問題を、高齢者の延命治療と同じように感じました。
人が必ず死ぬように、どんな企業も必ず倒産するときがやってきます。
それを無理に食い止めようとして最終的に企業が倒産したときに、遺族(保証人となった経営者)や国家財政が膨大な借金を負ってしまっては仕方ないのです。
しかも、個人の場合は、とにかく平均寿命を延ばすことに意義があるのかもしれませんが、法人の場合は、平均寿命には何の価値もない。
それよりも、企業が倒産することを前提に考え、起業しやすい環境作りや、倒産した際の負債を大きくしすぎないことを考えるべきではないでしょうか。
銀行も企業として「健全」な経営をしていかなければならない。
銀行の中小企業に対する「貸し渋り」は中小企業の死活問題であることはわかるが、銀行が弱体化する事は不況を長引かせる要因となる。
銀行は法人に対してだけではなく個人に対しても融資を行う。現在、例えば、住宅ローンの金利は低くなったが、銀行のローン審査は厳しくなる一方だ。
これが、銀行が弱体化する事態となれば、消費者への融資も更に減り、結果として法人の活力もなくなる可能性があることは否めない。
ノンバンクというのは、一般的には事業としてやっている貸金業のことでしょうけど、
例えば、一時的な資金繰りに困ったときに、役員や従業員が分担してお金を出し合うというのも、広義にはノンバンクだと思います。
もし事業を運営している当事者達が、事業の存続を信じているのなら、そういった形で資金繰りを行うことも可能だと思います。
それでも黒字倒産してしまう企業があるのは、直近の決算で帳簿上の利益が出ていても、持っている債権や在庫などの資産価値は厳密に査定されていないために、実際の企業の経営は悪化している場合があるせいだと思います。
その場合、企業を運営している当事者達は、当然、事業の存続を疑っているので、黒字倒産となります。
銀行といっても決して一括りにできない。大手都市銀行、大手地方銀行の状況はまだ良いかもしれないが、中小地方銀行はその銀行自体がかなり経営を悪化させているところがある。
>>edogawadamo様
私も同じことを考えました。さらにこの構図は結婚しない人が増加している問題にも当てはまると思います。
【結婚】二人の関係が上手く行かなかった場合の離婚に伴うリスクが高い⇒最初から結婚しない
その結果
【結婚】ハイリターンを得た一部の幸せな夫婦、ハイリスクに敗れて不良債権化した離婚しきれない不幸せな夫婦、そしてローリスクローリターンの大多数の未婚者
となっている気がします。
池尾さんが次の記事で「ミドルリスクの貸付市場というのは、安定的には存在し難いものだと考えられます。(略)ローリスク向けの貸付市場とハイリスク向けの貸付市場に2極化するのが、理論的には、最も起こりやすい状況だと考えられます。」と書いておられますが、ミドルリスクミドルリターンが成立できるようなメカニズムデザインを行う方法を見つけることが今後の文明の鍵になるのではないかと思います。