オバマ大統領は、2007年11月に発表したマニフェストでも、「オープンなインターネットと多様なメディアの出口を通じ、米国民の間の完全で自由な情報交換を確立する」「透明でつながった民主主義を創造する。その為に最高技術責任者を任命して、21世紀型の政府を構築する」などと謳いあげていましたが、2009年1月に発表された「米国再生・再投資計画」の柱の一つとしても、ICT振興政策を明確に打ち出しています。
具体的には、ブロードバンド整備に約57億ドルを拠出(そのうち50%は2009年9月末までに拠出)するとしており、このうち半分は都市部向け(商務省電気通信情報局が担当)、残り半分は農村部向け(農務省ルーラル地域公益事業サービスが担当)としています。
ICT投資の効果予測としては、以前より、「ブロードバンド普及率を全国で7%高めることで、240万の雇用創設と1340億ドルの経済効果が期待できる」という試算があります。
ところで、世界経済フォーラムが算定した「ICT国際競争力ランキング」では、デンマーク、スエーデン、スイス、シンガポール、フィンランドなどが常に上位にランクされていますが、米国は、2006年‐2007年では7位だったのが、2007-2008年では4位にまで上がってきています。ところが、ITUが発表している2008年6月の「ブロードバンド普及率」で見ると、米国は15位であり、オバマ大統領は、これに対し、「インターネットを世界で最初に使い出した米国が、このような普及率にとどまっていることは屈辱的だ」とまで言ったと伝えられています。
では、日本はどうでしょうか?
2006年‐2007年の「ICT国際競争力ランキング」で14位だった日本は、2007-2008年では19位とランクを下げ、韓国(7位)、香港(11位)、台湾(17位)より下です。ITUの「ブロードバンド普及率」では17位で、大統領に「屈辱的だ」と言わせしめた米国より下です。ちなみに韓国はここでも第7位ですが、自らはこれを「屈辱的」と言っているそうです。
不思議なのは、「この分野では日本は世界で一番進んでいる」ということが、通信や放送の関係で、国内ではしばしば言われているのに、こういうランクには何故か一向に反映されておらず、しかも、「自らの状況が屈辱的である」という反省の言葉すらが聞こえてこないということです。
もうみんな「屈辱なれ」してしまったのか、それとも価値観の基準が日本だけ違っていて、「ランクは低いが本当はどの国よりも進んでいるのだ」と強弁しているのか、そのどちらかなのでしょうが、何れにせよ困ったことです。
さて、私自身は、以前から「日本が経済力で盛り返すのに必要な切り札の一つは、間違いなくICT振興だ」と常に論じてきた一人ですから、現在の経済環境下、早く政府から(或いは民主党からでも構いませんが)、オバマ大統領なみの基本政策案が出てこないかと心待ちにしてきました。しかし、どうもそれ以前の問題があるようで、一向にそのような雰囲気は感じられません。
聞くところによると、宮崎県では、県の予算措置で、既に山間僻地に至るまで電力線と抱き合わせた光ファイバーが張り巡らされているらしいのですが、日本国政府となると、宮崎県のように早くは動けないということなのでしょう。
私は経済学者でないので、現時点での公共投資の増大の可否については論じる立場にはありません。また、率直に言って、前述のアメリカにおけるICT投資効果の試算のような、定量的な分析にはあまり自信がありません。
しかし、国民の生命線を確保するために、全国のいたるところに電力と水を供給し、道路を施設するのが国の政策として認められているのであれば、通信(ブロードバンド)回線を施設することがこの範疇から除外されるのは、何とも納得できません。
かつての米国のニューディール政策が、ダムなどの建設を不況脱出の方策の一つとして利用したことに倣い、オバマ政権がブロードバンド網拡充の為の公共投資を積極的に行おうとしていることは、理解できることですが、何故日本ではそういう議論がないのかは、理解が困難です。
高速道路網の建設よりブロードバンド網の拡充の方が、投資対効果ははるかに高いように、本能的には感じられるのですが、これは誰かに試算してみていただくしかありません。ただ、道路族は、(建設業者が評価してくれるので)「道路網の拡充」に興味があるが、旧郵政族は、「通信網の拡充」には興味がなく、「郵政民営化の見直し」と「政治的に重要な既得権者(有力メディアとNTT)の保護」に忙しいというのであれば、何とも悲しいことです。
松本徹三
(ソフトバンクモバイル副社長 ‐ 但し、このブログは個人として投稿しており、勤務している会社の見解を代表するものではありません。)