ニューヨークに勤務していた90年代初頭、某社のガソリンスタンド特約店ミッションが来米した。一応、研修旅行だということで「お勉強」が必要だったらしく頼まれて、みなさんが慌ただしくブッフェ朝食を楽しんでいる前で「講演」をした。「アメリカの可採年数(保有埋蔵量を生産量で割った年数)は9年です。9年経ったら、アメリカの石油は無くなってしまうのでしょうか?」と投げかけたら、わさわさしていた会場がいっぺんに静まり返った。
あれから20年以上が経ったが、アメリカの石油は無くなっていない。「BP統計集2015」によると、2014年末の可採年数は依然として11.4年だ。だが、あと11.4年でアメリカの石油が無くなるとは、誰も思っていない。
このカラクリはどこにあるのか?
5月22日(日)放映予定の「林先生も驚く初耳学!」でも取り上げられるが、弊著『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?』にすべてが書いてある。疑問をお持ちのかたはぜひお読みください。
さて、なぜこのエピソードを紹介したかというと、今朝のFT Onlineに掲載されていた “Saudi Aramco: Fix for a one-time economy?” (May 18, 2016, 7:03om) と題する記事を読んで、ハタと膝を打ったからだ。
モハマッド・ビン・サルマン副皇太子(以下、MBS)が、「石油の中毒」から抜け出すためとして打ち上げている「ビジョン2030」という経済改革案は、サウジアラムコの部分的民営化が中核となっている。その民営化の実現可能性について疑問を持つ各界の意見を紹介している記事だ。
他にも、6万5千人の従業員を抱える、「国家の中の国家」の役割を持っているサウジアラムコのコンパウンド内には、本社社屋以外に、1950年代アメリカの都市郊外を思い出させる家屋、学校、病院、ゴルフコース、自衛組織、さらには飛行機会社まである、などという興味深い記述があるので、ぜひ原文をお読みいただきたい。
さて、民営化を阻害する要因として挙げられている事項を紹介しよう。
もっとも重要と思われるのは、会社価値評価を行う場合に必要な情報が、これまでは国家機密としてブラックボックスの中にあった、ということだ。たとえば保有埋蔵量であり、政府に払っているロイヤルティや他の配当金だ。これらが現在、どのようなっていて、将来どうなるのだろうか。
MBSは、IPOする会社は「政府から独立した組織」で「独立した取締役会」を持つ、と言っているが、そんなことが実現するだろうか、という疑問だ。
チャタムハウス(英・王立国際問題研究所)のMs. Valerie Marcelは、これまで90%以上の収入が政府に払われている、としている。
これまでと同じように、政府の意向ですべての重要事項が決められるとしたら、投資家が期待できるリターンは極めて不安定なものにならざるを得ず、IPOの会社価値評価を大きく左右する。
米ライス大学のMr. Jim Kraneは「IPOが成功するかどうかについては多くの異なった予測があるが、単一経済(one-trick economy)からの脱却にはこの方法しかない」としながらも「サウジ政府の政策もIPOの対象だ」としている。カントリーリスクが存在する、ということだろう。
筆者が一番気になったのは、サウジアラムコの関係者の次のようなコメントだ。
「サウジアラムコは、短期のコスト効率より長期的観点に基づき、何世紀も先を見据えて開発を行っている。単に短期的な収入のためではない。」
「一般投資家は、短期での高配当を期待しているだろうから、サウジアラムコの経営方針とは合致しないだろう。」
またMs. Marcelは、サウジアラムコが資機材および各種サービスの国内調達比率を現在の倍にすることを目指していることも、コスト増につながると指摘している。
つまり、サウジがOPECに対し、また世界の石油産業に対し、圧倒的な力を持っている根拠となっている同国の余剰生産能力の問題に典型的に現れているように、現在の収益にすぐにつながらなくても長期的観点から投資を行うという経営方針を、欧米の一般投資家が許容するだろうか、という問題だ。
アメリカの可採年数が11.4年しかないのは、民間企業が余剰な資産を持たないように経営しているからである。
MSBは、これまでの伝統的石油政策を捨てて、余剰な資産を持たない方向に舵を切り替えようとしているのだろうか?
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2016年5月19日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。