動画コンテンツの「ストック」と「フロー」の違い。
前回の記事『SHOWROOM・六期連続赤字の原因は「広告を出せない」から ~ライブ配信アプリが抱える構造的な問題~』では、Youtubeはストックでライブ配信アプリはフローだと説明した。同じ動画コンテンツでも「ストック型」=いつでも見られる形式のYoutubeと、「フロー型」=生でしか見られないライブ配信では全く性質が異なる。
これはコンテンツの量にもダイレクトに影響する。Youtubeには膨大な本数の動画があり、いつでも視聴できる。一方でライブ配信は生放送のため提供されるコンテンツの量に限りがある。
Youtubeの動画はリピートも考慮すればユーザーの好きなタイミングで好きな動画を無制限に見られる。一方で生放送のライブ配信は配信中しか見られない。何を当たり前のことを、と言われそうだが、結局はそこがストック型のコンテンツと違い、収益の制約になる。要するにコンテンツの供給に制約がある=量が少ないという問題に加えて、見たい時に見れない=タイミングの問題もあるということだ。
Youtubeに限らず、ウェブ上のコンテンツは原則として好きな時に好きなだけ利用可能だ。しかしライブ配信アプリは見たいと思っても配信をしていなければ見られない。ネットはあらゆるサービスが時間の奪い合いをしている、時間の奪い合いはSNSもYoutubeもAmazonもスマホのゲームもジャンルを問わないとも言われる。好きな時に利用できないことはウェブサービスとして広告を流せないことと並び致命的な弱点と言える。
ライブ配信アプリも録画データを公開してYoutubeみたいに後から見れたらいいのに……筆者は以前そんな風に考えていた。ただ、それでギフトを投げてもらえるか?と考えると何の反応もないのに投げたい人はいないだろう。コメントへの反応=コミュニケーションがライブ配信アプリの存在意義と書いたように、反応があるからこそリスナーはコメントを書いてギフトを投げる。
過去の配信動画をアーカイブとして提供可能なアプリもあるが、コメントを書けず、ギフトは投げられない、仮に投げる仕組みがあっても反応が無い、とこれでは収益にならない。実際、過去の保存された配信動画を見ている人は極めて少数だろう。コミュニケーションという最大の存在意義が保存された動画には無いのだから当然でもある。
これが何年も前にアップロードされた動画でも見られている=収益になるYoutubeと、生が原則のライブ配信アプリの違い、という事になる。投げ銭と広告モデルでビジネスモデルは全く違うが、動画サービスの視点で考えるとこれだけ大きく違う。
ライブ配信は楽しい。
ライブ配信アプリの否定的な側面ばかりを書いてしまったが、生だからこその強みは当然ある。存在意義と書いたコミュニケーションだ。録画された動画では得られない楽しさがあるからこそ、ライブ配信アプリは存在している。
筆者はライバーとしての活動は全く行っていないが、唯一それに近い体験がニコ生動画への出演だ。出演者が生放送でトークをする、リスナーは放送を見ながらコメントを書きこむとそれがリアルタイムで画面に流れる(いわゆる弾幕)、これはライブ配信アプリとほぼ同じ仕組みだ。
筆者は以前、著名プログラマー・小飼弾氏のニコ生動画の番組に招かれてお金に関する話をした。
生命保険の話をしている時に「MASTERキートンのこと?」といった弾幕が流れた。筆者はそれを受けて、そうそうMASTERキートンというマンガは主人公が考古学者で保険会社でも働いてて、マンガの冒頭ではこんな話があって……とそこからうまい具合に保険の話題はさらに広がった。リスナーのコメントが筆者の話を上手くアシストして拡げてくれた形だ。
番組終わりにはコメントを書いてくれた人が「MASTERキートンのコメントをひろってくれたから今日は満足」といった感想を最後に書き込んでくれた。それを読んで、ああ良かったとほっとした事も覚えている。何年も前に一回きりの出演だったが、ライブ配信でコメントを通じたコミュニケーションの楽しさを体感した経験でもある。
ライブ配信アプリでは、リスナーとコミュニケーションを楽しみながら配信をしているライバーは(多分)非常に多い。ライブ配信アプリはハードルが高いとしつこく書いたが、リスナーでもライバーでも配信にハマる人がいる理由は単純に楽しいから、という説明になるだろう。
ライブ配信はライバーの負担が大きく収入にならない。~倉持由香のピラミッド理論~
メリットもデメリットも、強みも弱みもあるライブ配信だが、ライブ配信は生放送のフローだけという話はライバーに時間や体力の負担として重くのしかかる。AKB48の大西桃香さんが600日以上毎日配信したという話を書いたように、当たり前のように毎日何時間も配信しているライバーも多いが、何時間もスマホの画面を見ながら配信をして疲弊しないわけがない。
実際いつの間にか配信を辞めてしまっているライバーは少なくない。もちろん、配信が大変でもそれが集客や収益につながれば仕事として継続すると思うが、収益と言えるほど稼いでいるライバーはごく一部だろう。「一部のライバーは無名な人でも数百万から一千万、それ以上稼いでいる人もいる」と社長の前田裕二氏はインタビューで語っているが、言うまでも無くそういう人はさらにごく一部だ。
グラビアアイドルの倉持由香さんは「ピラミッド理論」と呼ぶ独自のロジックで、集客とSNSの関係について以下のように説明する。
アイドルがイベントに100人のお客さんを呼ぶにはTwitterでどれくらいフォロワーが必要か分かりますか? 10万人くらいです。ピラミッドの頂点が実際に商品を買ったりイベントに来てくれる人、ピラミッドの一番下が単純に私の事を知っている人。だから頂点を増やすにはSNSでフォロワーを増してピラミッドの底辺を拡げないといけないんです。
(参照)想像を超えた「仕事論」の数々。倉持由香は間違いなく、売れるべくして売れた 新R25 2018.03.13
自らの体験に基づいた説得力がある説明で集客コンサルタントですか?と言いたくなるような話だが、これはSHOWROOMでも同様だ。フォロワーは1000人を超えれば多い方と書いた通り、この「相場観」は社長自身もインタビューで認めている。これくらいの数字だとライブ配信で稼ぐこともライブ配信を経由して自身のイベントやコンサートへ集客することも相当難しい。
これはライバーの責任ではなくライブ配信がまだ市民権を得ていない事によるものだ。今後大幅にユーザーが増えない限り、負担が大きく収入になりにくい状況はすぐには変わりそうにない。残念ながらこれもライブ配信の抱える問題の一つだ。
ミュージックビデオ・(MV)の元祖はビートルズだと言われている。
世界中で大人気となったビートルズは各国を訪れてプロモーションをすることが物理的に不可能となったため、撮影した映像を世界各国のテレビ局に送って流した。要するに本人がいなくとも映像を見られる仕組みとしてMVを作成・配布したわけだが、これを極限まで拡大したものがYoutubeだ。
ライブ配信アプリはネット経由で場所の制限こそないが、生放送である限りタイミングと視聴時間の制限はビートルズの時代のままだ。
「同期」と「非同期」2つのコミュニケーションと4つの手段。
コミュニケーションには同期・非同期の二つがある。
電話や対面やZOOMなど相手と同じタイミングで行うものが「同期」、メールやLineや手紙など相手と違うタイミングでやり取り可能なものが「非同期」だ。
時代に関係なく同期・非同期は存在し、同期コミュニケーションは負担が大きい。ビートルズの例はまさにこの同期・非同期の話でもある。在宅通勤に慣れた人が通勤を面倒くさいと思う事も同期・非同期の話だ。
言うまでも無くライブ配信は同期コミュニケーションで、Youtubeは非同期コミュニケーションだ。
もちろん、だからYoutubeや録画した動画が優れていてライブ配信は劣っているといった意味ではない。Youtubeで動画を作るのが得意な人もいれば、ライブ配信でファンとリアルタイムでコミュニケーションを取ることが得意な人もいる、というだけの話だ。
筆者はタレントでもアイドルでもないが経営者として情報発信をする必要がある。動画は得意ではないので現状では執筆(文章・テキスト)に特化している。手段は以前ならブログ、現在はウェブメディアだ。他にもインスタグラムならば写真がメインになる。文章も写真も非同期コミュニケーションだ。
テキスト・動画・写真(画像)・音声と情報発信のコンテンツは様々にあり、同じ方法でも同期・非同期に分かれる(YoutubeとSHOWROOMが全く違うように)。
発信手段はライブ配信の以外にも各種のSNS・Youtube・ブログなど様々にある。SHOWROOMを使うようなアイドル・ミュージシャン等は情報発信が極めて重要だが、どれを使うか、どう使い分けるか、どう組み合わせるか、自身の得意分野やターゲットから慎重に考えれば良い、という説明になる。
とはいえ、その中でも生放送であるライブ配信を頻繁に行えば負担が大きいのは当然で、だからこそライバーの収益化はSHOWROOMにとって極めて重要だ。ライブ配信を芸能活動と考えれば上手く行かずにやめてしまう方が普通で、それ自体は仕方がなくおかしい事でもない。
ただ、ライバーが継続して活動することや儲かるかどうかはSHOWROOMの収益と直結する。そのためにSHOWROOMが出来ることはもっとあるはずだ。ライバル企業が実践している手法で、すぐにでも取り入れたらいいのでは?と思うものもある。
17Liveの「アーミー」という福音
ライブ配信アプリの17LIVEには、アーミーという仕組みがある。単発の有料ギフトとは違い、「アーミー」は特定のライバーに毎月一定の料金を払うファンクラブやパトロンのような仕組みだ。金額は一番安いもので980円から、様々なランクがある。ライバーはアーミーだけが見られる「アーミー限定配信」を行うなど特別扱いも可能となっている。
わざわざお金を払って応援してくれるリスナー、ということでオープンに話せないことを話したり、アーミー限定配信で特別に力を入れたコンサートを行うなど、通常の配信と使い分ける人も多いようだ。アーミーを一定期間継続した人に特別なサービスを提供するなど、独自に特典を準備しているライバーもいる。当然、ライバーにとっては単発のギフトよりも安定した収入になる。
リスナーもわざわざお金を払うことから、よりライバーへのコミットも上がる。この効果は筆者も執筆指導を行う月額制の勉強会(オンラインサロン)を開催しているのでよくわかる。距離が縮まるのはサービスを提供する側だけでなく、される側も同様だ。
筆者のような勉強会ならば、せっかくお金を払うのだからと学びに力を入れる人は珍しくない。スポーツジムへの入会と同じ効果だ。17LIVEのアーミーならば、せっかくお金を払ってアーミーになったのだから配信を見よう、リアルのコンサートやイベントを開催するなら見に行こう、とまさにファンクラブ的な効果が生まれる。
これは非常に優れた仕組みでよそも真似すれば良いのにと思うが、SHOWROOMを含めて実施していないアプリの方がおそらく多い。実現をしようとすればSHOWROOMであれば協力関係にあるAKBグループや坂道シリーズのファンクラブと競合してしまうなど制限はあるかもしれないが、SHOWROOMとリスナーとライバー、すべてにメリットがある仕組みだ。
資金調達を繰り返すSHOWROOMに求められる「自立」。
SHOWROOMは2022年3月に会員登録者数が590万人を突破と各種のリリースにあるが、アプリの評価で極めて重要なDAU(デイリー・アクティブ・ユーザー、1日あたりの利用ユーザー数)等の指標は公表しておらず正確な数字は確認は出来ない。
相当数のライバーとリスナーが毎日稼働していることは間違いないが、現在のビジネスモデルと現在のアクティブなユーザー数で収益を出せないことは、6期連続の赤字で残念ながらほぼ確定している。だからこそ様々な手を打っているわけだが、ライトユーザーを遠ざける無料ギフトの面倒な仕組みやファンクラブ的な機能の導入など改善の余地は大きいように見える。
SHOWROOMが理念として掲げるように、夢を追いかける人を応援する仕組みとしてSNSやYouTuberと並んでライブ配信アプリが役に立つことは間違いない。そのためにはSHOWROOM自身が収益を改善して自立する必要がある。
ここ数年でSHOWROOMは以下の通り資金調達や資本提携を多数行っている。筆者が確認した限り2019年から合計9回、決算書で確認すると調達額は総額で20億円ほどだ(資本剰余金の増加額)。
2022年3月期時点で資本金の総額が約50億円に対して累積赤字が約40億円、差し引きの純資産(自己資本)は約10億円と、今後も赤字が継続すればさらなる資金調達が必要な状況でもある。
黒字化は株主はもちろん、ライバーやユーザーのためにも急務だ。
*資金調達・資本提携の回数(公式リリースより確認)
2019年 2回
2020年 2回
2021年 2回
2022年 3回
※ 利益相反(conflict of interest:COI)について
筆者が記事で言及した人物・企業・サービスについて、直接的な出資・融資・取引等の利害関係は過去・現在を含めて一切存在しない。
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2022年12月30日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。