林真理子日本大学理事長の記者会見を見ながら、2つの疑問が浮かびました。1つは林真理子氏が学生の違法薬物逮捕事件に絡み、本問題が世間を騒がせるに至るまでにどれだけの当事者意識を持てたのだろうか、2つ目は世間一般は逮捕者を出した大学の役割は何だと思っているのか、です。
林氏は日大タックル問題から始まり、前理事長の不正問題など学内規律が深刻な問題を抱えていた中で火中の栗を拾う形で就任しました。しかし、大学の組織と歴史を考えると一理事長が学校のイメージを変えるのは並大抵ではありません。それは大学理事会がそもそもどれだけの機能を持っているのか、という点ではなはだ疑問だからです。
日大には理事が24名います。その理事の選任ですが、これは何処の大学も似たり寄ったりなのですが傘下の組織に応じた役員人数枠があるのが普通です。職員、学部や付属学校、校友、理事長推薦枠あたりが主軸で外部識者という枠もあります。学校運営上の理事会は概ね月1回程度開催され、理事会の下に巨大な組織が体制を整えるわけではなく、学校運営に一定の熱意を持った者が集まり、実務や案件を議論するという形態です。これは日大に限っていません。これが学校法人理事会のごく普通の形式です。
その形式的な理事会ではそれぞれの枠組みにおける利害関係が議論の場であり、理事長に特段の権限が制度上、偏在しているわけではありません。但し、学校法人というのは卒業生など学校愛に燃えている人が多いこともあり、それぞれの組織は自分の言い分を通すために強力な根回しをしたり、組織だって圧力をかけることもあるわけです。
「林氏はお飾り」と言われていることに関し、昨日の記者会見で「そのような評価を残念に思う」と述べていますが、そもそも理事長になっても一般企業の社長とは大いに違い、保守的で自己権益に執着する集団である点において実務を含め、とてつもない労力とエネルギーをもってしかできません。そして理事会は理事長に強大な権力は認めないし、ましてや日大は大きな問題を前理事長問題を抱えてきたばかりであることを踏まえれば、文筆家の林氏のチカラがなかなか及びにくかったこともあるでしょう。その点では猪瀬元都知事に通じるところがあるかもしれません。
では現職の小池知事はどうしているかといえば側近が様々な情報を上げ、それを動かす政治家的能力があるからこそ機能する組織で大きな違いがあります。仮に学校の理事長にそのような背後の組織があるとすれば同学前理事長のようないびつなケースになりやすくなります。その上、自治体運営と違い、大学経営に興味ある主体は絶対数が少ないわけで、保守的にしていれば安泰のポジションであり、それが直接的に影響する人も少ないとも言えます。
大学の運営は学生集めに尽きます。高校生とその親は大学の偏差値や表面的評判、学生になれば日々の授業とクラブなどを通じた活動、卒業後は自分の履歴書から2度と消えることのない「〇〇大学卒業」という事実のみであり、卒業後一度も学校の門をくぐったことがない人が大半でしょう。
そのような組織環境に於いて理事会がこのような事件で機能すると期待する方がおかしいともいえます。奇妙な学生愛に基づく自首のススメではなく、さっさと警察と協業すべきでした。万単位の学生を抱えるマンモス大学に於いて学生一人ひとりの品行方正について監視できないし、多感性で様々な興味を持つ学生に「お願いだから悪いことしないで勉学に励んで卒業してね」というのは幼稚園の子供に言い聞かせるようなものでしょう。つまり教育という美辞麗句で期待することがそもそもの間違いです。
マスコミはこのような不祥事は大好きなので飛びつき、あら捜しをし、卒業生は苦虫を潰したような状態になります。では、皆さんにおうかがいします。会社員が不正薬物で逮捕された際、その会社の社長が謝罪会見しますか?しません。せいぜい、広報部が「遺憾です」とコメントする程度です。理由は大人であり、その行為は会社の業務とは何ら関係ないからです。
では大学はどうでしょうか?私は基本は企業と同じだと思うのです。ただ、20歳の成人前後のまだ未熟さが残るという点はありますが、大学で道徳教育はしないし、担任もいないし、クラスが一体となって何かすることもありません。全て最高学府に学ぶ個人の活動です。とすれば一義的に大学に謝罪を求めるのは無理があると思うのです。
では海外の大学はどうしているのでしょか?概ね、カウンセリングがきめ細かに行われています。そのカウンセリングをするのは主に学生カウンセラーです。そしてそれが大学組織に連携しています。つまり大学の規模がどれだけ大きくなっても学生組織としての互助体制が整っているので目も届きやすいと言えます。日本にはこのカウンセリング制度、特に学生カウンセラーという体制は無く、このあたりが大学運営の貧弱さでもあります。そして仮に学生が法を犯せば学校が警察にお願いするという単純な流れです。お情けはありません。
林氏は理事長就任時に「まともな人間がまともなことをすれば、この大学を再生できると信じています」と述べています。残念ながら学校組織ほど面倒な組織はないのです。それなら企業の社長の方がどれだけ楽かと思います。そしてまともな人間ばかりでもないのが今も昔も変わらない話です。あまりにも性善説過ぎるのですが、性悪説にもなれないのが大学運営とも言えます。
「世間をお騒がせしました」と2時間超の記者会見で頭を下げる理事長、学長、副理事長に「学生は21歳。なぜ、Youは頭を下げる?」と逆に聞いてみたい気もします。むしろ学内にそのような土壌があったかを厳重厳密に調査し、再発防止に努めると同時に学生及び関係者には厳罰で臨む、という強い姿勢だけでよかった気がします。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年8月9日の記事より転載させていただきました。