アゼルバイジャンはアルメニア全土を奪うまで止まらない

scaliger/iStock

ナゴルノ・カラバフでまたも一方的な軍事行動

19日、アゼルバイジャン軍が突如、アルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフのアルメニア人自治政府)への侵略行動を開始した。結局、数日と経たずに停戦が成立したが、日本メディアの反応は青天の霹靂といった感じである。

ただ、この数年にわたるアゼルバイジャン側の挑発行為を見てきた身からすると、遅すぎたとも思えるくらいだ。

9ヶ月におよぶナゴルノ・カラバフの封鎖…しびれを切らす

まず、アゼルバイジャンが今回の暴挙に至った理由だが、一言でまとめるとトルコ陣営がしびれを切らしたのだ。

今回の作戦の前段階として、アゼルバイジャンはカラバフ地域とアルメニア本土をつなぐラチン回廊を9ヶ月にわたり封鎖してきた。封鎖を正当化するため、アルメニア側の環境破壊に抗議する環境活動家と称した集団を配置したのである。

抗議団体のX(旧Twitter)より

環境破壊に抗議するというのに、国旗がやたらと目立つ不思議な集団であった。武器弾薬など軍需物資だけでなく、日用品の流入まで制限したことで人道危機が発生し、国連も封鎖の撤回を求めていた。

封鎖と並行して、ナゴルノ・カラバフに駐留するアゼルバイジャン軍は、砲撃や銃撃による挑発を定期的に行ってきた。今年4月には、アゼルバイジャン軍がアルメニア領内に発砲し、死者が出るという事件も起きている。こうして何とかアルメニア軍を戦場に引きずり出そうと画策したが、上手くいかなかった。

だから、アルメニア側の地雷により犠牲者が出たという、戦争を始めるにはあまりに拍子抜けな口実を持ち出さざるを得なかったのである。

腐敗したアゼルバイジャンはトルコの”走狗” 臓器ビジネスも?

アゼルバイジャンの行動を抑止できない要因として、ロシアの無力がある。今回も、ロシアの平和維持部隊は事態の推移をただ傍観しているだけだった。2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ戦争の際も、プーチンの対応が後手後手に回ったことが激化につながった。テレビなどで語られる、ウクライナ侵攻でロシアが手一杯なことから力の空白が生まれたという説は誤りだ。ロシアは3年前からずっと無力なのだから。

しかし、そもそもアゼルバイジャン大統領イルハム・アリエフは2003年から政権の座にあるにもかかわらず、なぜいきなりナゴルノ・カラバフ”奪還”に執念を燃やすようになったのか。近年、いきなりアルメニア側が弱体化したということもない。

アゼルバイジャンがその好戦性を高めた原因は、後ろ盾であるトルコの膨張主義にある。アリエフ同様の長期政権であるエルドアン政権は経済成長が好調なうちは内外に良い顔をしてきたが、経済成長が頭打ちになり、強権的姿勢への批判が噴出すると暴政に転じた。トルコの指導者としては異例の少数民族クルド人との和解の取り組みも一方的に打ち切り、2015年後半にはクルド勢力との間で内戦状態に陥った。翌年、クルド勢力との内戦に一旦の終わりが見えると、国民の不満を外にそらすかのように各地へ介入を始める。

シリアへの越境攻撃を手始めに、イラク領内での本格的な軍事行動、東地中海でのガス田開発強行、リビアへの介入…この流れの中にナゴルノ・カラバフへの介入もある。

そして、アゼルバイジャンはトルコ系国家ということもあり、ナゴルノ・カラバフの奪還には”トルコ人による領土回復”という物語も成立する。エルドアンの与党、公正発展党(AKP)は、トルコ人至上主義政党、民族主義行動党(MHP)と連立を組んでおり、トルコ系民族の征服譚は彼らを満足させるのに十分なネタとなる。

アゼルバイジャンは事実上の独裁国家であり、その指導者をたぶらかすことなどトルコには朝飯前のことだ。

アゼルバイジャンの大統領アリエフは親も大統領の二世政治家である。そして、その一家は、国民が貧困に喘ぐなかで、多くの企業を手中に収め、隠し財産の規模は計り知れない。アリエフが考えることは自らとその家族による支配が1日でも長く続くことと、自らの腐敗が白日の下に晒されないことだけである。

長年の領土問題を一挙に解決する大統領という虚像は、国民を欺くうえでこの上ない。国を準戦時体制に置くことで、様々な規制も正当化される。それで、エルドアンの膨張主義に便乗しているのである。

国連総会の演説でエルドアンが「ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャンの領土であり、それ以外の選択肢はない」と述べると、アリエフは礼を言いにエルドアンを訪問した。

 

その様はまるで、オスマン帝国時代における地方のエミールによるスルタンへの謁見だ。

アリエフはまた、一国の元首にあるまじき幼稚な行動が目立つ人物でもある。CSTOの会合ではアルメニア首相パシニャンを煽り、口論に発展。プーチンが両者を諫める一幕もあった。前回の戦争終了後もガッツポーズで勝利宣言し、今回も軍服に身を包み同様のジェスチャーを用いアルメニア側を挑発した。

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こうした軽薄さ、軽率さも安易に戦争という非常手段をとる要因になっているとみられる。

さらに、アゼルバイジャン反体制派のブロガーは、アリエフ一家がアゼルバイジャン軍の兵士の臓器を闇市場に流していると告発する。直近では開戦前の今月1日、アルメニア側との小競り合いで負傷した兵士が病院に搬送され、使える臓器を全て抜き取られ遺族の元に返されたということである。

真相はともかくとして、アゼルバイジャンは臓器売買大国として有名だ。アゼルバイジャンメディアでさえ、国内の臓器売買が増えていると報じるほどである。兵士が死ぬほどアリエフらが潤う構造が存在するという疑惑は濃厚だ。

アルメニア人も、アゼルバイジャンがトルコの走狗に過ぎないことを承知している。筆者は、2020年の第二次戦争勃発前にアルメニア並びにナゴルノ・カラバフを訪れた。アルメニア人からは反トルコ発言は聞かれたが、アゼルバイジャンに言及することはあまりなかった。

アルメニア本土とナゴルノ・カラバフをつなぐチェックポイントには、アゼルバイジャンではなく「トルコ製品持ち込み禁止」を示すステッカーが張られていた。

「トルコ製品持ち込み禁止」を示すステッカー
筆者撮影(2018年)

戦争は今後も続く

一部で抵抗する動きがあるものの、アルメニア側はアルツァフ(ナゴルノ・カラバフ)自衛軍の武装解除で停戦を受け入れた。ただ、プーチン然り独裁者が血を欲することに限りはない。今後の展開はすでに見えている。

停戦がこのまま成立した場合、アゼルバイジャンは丸腰になったナゴルノ・カラバフ各地に軍部隊を展開し、アルメニア人の脱出を促す。そして、ナゴルノ・カラバフ全土に”秩序を回復”した後、アルメニア本土へ侵攻を開始するのだ。

もう一つは、一部の武装解除に抵抗する自衛軍部隊を口実に戦闘を再開するシナリオだ。これも最終的な結果は同じである。

実際、アリエフはこれまで度々、「西アゼルバイジャン」なる珍妙な造語を口にしてきた。これは、アルメニア領全土を指している。アルメニアの首都エレバンは「歴史的にアゼルバイジャンの領土」とも放言した。

パシニャンは21日、「停戦はアゼルバイジャンによる軍事行動の終わりを意味しない」と述べた。ナゴルノ・カラバフ問題で時間を稼ぎ、アゼルバイジャンやその主人トルコが手を出せない安全保障環境の構築を目指す。今月11日からは、これまででは考えられないアメリカ軍との合同軍事演習が実施された。プーチンが醜態をさらし続ける限り、ロシア離れは加速するだろう。

もしくは、全く別の場所で戦争がはじまり、アルメニアが窮地を救われる可能性もある。

アゼルバイジャンは最近、戦争勃発が囁かれるほどイランとの緊張が高まっている。イランには2つの「アゼルバイジャン州」があり、アゼルバイジャンの領土的野心には敏感だ。アルメニアの友邦で、インドを加え「新3極」を形成する。イランもトルコ同様の経済的苦境に加え、”へジャブデモ”が続いている。こちらの独裁者にも戦争を欲する事情がある。

独裁国家同士の衝突で助かる民主主義国家があるとすれば、何とも皮肉なことだ。