ロシア経済はなぜ制裁に耐えられるか?:ドイツよりはるかにいい経済統計

欧州連合(EU)は21日、ウクライナの主権を蹂躙して侵攻したロシアに対し、13回目のパッケージとなる追加制裁案で合意した。ブリュッセルからの情報によると、「これまでの制裁の中でも最も包括的なパッケージの一つ」という制裁案は今月24日、ロシアのウクライナ侵攻2年目の日に正式に承認される予定だ。制裁は新たに約200の個人、団体に対し渡航禁止などが科せられる。今回は初めて中国本土の企業も制裁対象に入った。また、無人機の製造メーカーに関わる企業がリストアップされた。

航空宇宙軍の軍事部隊および師団への国家勲章の授与するプーチン大統領(2024年2月21日、クレムリン公式サイトから)

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は21日、X(旧ツイッター)に、「新たな懲罰措置によりロシアのドローンへのアクセスはさらに制限される」と強調し、制裁の効果に期待を表明している。

ところで、欧米・日本など先進経済国から厳しい制裁を受けているロシアの国民経済はどうだろうか。経済統計を見る限りではEUの盟主の経済大国ドイツよりはるかにいい。リセッション(景気後退)に悩むドイツ経済を尻目に、ロシア経済は2023年、前年のマイナス成長から約3.5%のプラス成長を達成しているのだ。

欧州の経済学者は、「ロシア経済は戦時経済体制下にあるから一定の成長は実現するが、戦車を大量に製造しても国民経済の実質的成長には繋がらない」と説明する。ロシアは石油・天然ガスなど地下資源に恵まれている。この恩恵はやはりモスクワにとって大きいだろう。

旧ソ連・東欧諸国の経済統計分析で有名な「ウィーン国際比較経済研究所」(WIIW)は、「2023年のロシアの経済成長率は推定3.5%で、昨年のマイナス1.2%からプラス成長を記録。強いマクロファンダメンタルズ(公的債務や外国債務の低さなど)と、中国や制裁に参加していない他の国々への貿易の流れの方向転換のおかげで、経済は西側の制裁に対して回復力があることが証明された」と指摘。そして「景気回復の主な原動力は戦争関連の鉱工業生産と政府投資であり、一部の試算によれば、これらは製造業の成長に60%、GDP成長に40%貢献した。マイナス面としては、財政拡大により連邦予算が赤字に陥り、昨年はGDPの1.9%に達した。戦前はほぼ財政黒字の実績があったロシアにとって、これは極めて目新しいことだ。さらに、景気回復により生産能力の制約がますます増大しており、ほとんどの企業が深刻な労働力不足に悩まされている。財政状況の逼迫と生産能力の制約の増大により、2024年の成長率は1.5%に抑制される可能性が高い一方、インフレ率は年末までに5%程度に落ち着くため、段階的な金融政策緩和が可能となるだろう」と予測している。

プーチン大統領は欧米諸国の制裁の影響を聞かれる度に、「大した影響はない」と豪語してきた。経済統計を見る限り、プーチン氏の強がりもそれなりの理由はあるわけだ。

問題は、欧米諸国の制裁にもかかわらず、ロシア経済はなぜ依然機能しているかだ。ミュンヘンのIfo経済研究所とEconpol(経済財政政策研究のための欧州ネットワーク)は新しい報告書の中で、「ロシアは旧ソ連諸国、中国、そして北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるトルコ経由で西側の経済制裁を巧みに回避している」と説明している。

同報告書によると、「ロシアのこれら近隣地域からの重要な経済物品や軍事的に重要な部品の輸入は近年急増している。例えば、アルメニア、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルコは2022年にはロシア経済に不可欠な物品、または軍需産業にとって重要な物品を50倍もロシアに輸出した。ロシアは現在香港から大量の半導体を輸入している。中央アジアではカザフスタンが制裁回避において主要な役割を果たしている。カザフスタンからロシアへのデータ処理機器輸出は2022年以降、劇的に増加している」という。欧米諸国にとっての懸念は、トルコの企業が制裁回避に役割を果たしていることだ。トルコはNATOの加盟国だ。

ちなみに、スイスは21日、「中立国のわが国を通じてロシア制裁を回避しようとする企業や個人に対して、より強力な措置を講じる」と発表している。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)が報じたところによると、スイスに拠点を置く商品取引会社2社が海外子会社を通じて対ロシア制裁を回避した疑いがあるとして、スイス当局が捜査に着手した。商品取引会社は、アラブ首長国連邦(UAE)など湾岸諸国にある子会社を通じ、スイスの対ロシア制裁を回避してきたという。

欧米諸国の制裁は現時点では資源大国のロシア経済を危機に陥れるほどの影響を与えていないが、全く効果がないかというとそうとは言えない。ボクサーがボディーブローを受け続けると、ラウンドを重ねるのにつれて効いてくるように、欧米諸国の対ロシア制裁は多分、ボクサーのボディーブローだろう。その効果が出るまで制裁を続ける以外にない。懸念は、ボディーブローを受け続けているボクサー(ロシア)が倒れる前に、制裁を科す側(欧米諸国)が叩き疲れたり、息切れしないかという点だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。