3月8日にバイデン大統領の議会に対する一般教書演説が行われた。本来的には一般教書演説は、大統領が「国家の現状(State of the Union)」について議会に報告するイベントではあるが、テレビ中継が導入されて以降は政治的主張が第一義的な目的の場となっている。そして、大統領選挙イヤーとなる今年の一般教書演説は、事実上バイデン大統領による推定3200万人にの米国民に向けた選挙演説となった。
バイデン政権の最優先事項は?
大統領討論会や大統領就任式を除いては、一般教書演説は有権者が最も視聴する政治的イベントであり、一時間近く続いた演説の特に最初の数十分が大事であった。なぜなら、多くの有権者の中でも演説全体を聴く人は少数であるからだ。しかし、経済問題、人工妊娠中絶、移民政策など溢れんばかりの国内問題がありながらも、演説の最初の数分間を占めたのは国外の問題であるウクライナ戦争であった。
演説冒頭、バイデン大統領は、現在の欧州情勢が第二次大戦との時と類似しており、当時のヒトラーと同様にロシアのプーチン大統領がウクライナのみならず、欧州を席巻する恐れがあると警告した。そして、ウクライナ支援を可決しない、議会共和党とロシアを「好き放題」させると発言したとされるトランプ前大統領を批判し、ウクライナを支援するという大義からアメリカは「逃げない」と宣言した。
バイデン氏の演説冒頭で強調したのは、国内外の「政治的自由」を守る重要性であった。国外ではウクライナの民主主義をプーチンから守り、国内では議事堂襲撃事件に帰結した2020年大統領選の覆そうとする運動、そして人工妊娠中絶や体外受精という「選択の権利」を規制する動きからアメリカを守ると約束した。
しかし、表面的には一般教書演説の冒頭部分は「政治的自由」というテーマが埋め込まれていたが、そのあとの演説内容も総合的に見ると、演説の実態は民主党支持者向けの選挙演説であった。その証拠としてバイデン氏は人工妊娠中絶の権利を保護する法律の制定、富裕層への一律25%の所得課税、教員の昇給、製薬会社と政府が価格交渉できる製薬品の種類の拡大などを「公約」として挙げている。どの公約も国民経済活動への介入を是とする「民主党らしい」政策であった。ウクライナへの支援も民主党支持者からの支持が高いことも鑑みれば、演説の冒頭から「選挙モード」全開であったことが言えよう。
そして、共和党側が妥協できない「公約」が散りばめられた「選挙演説」であったからこそ、共和党のジョンソン下院議長が激しい嫌悪感を示したのは当然であった。
Tonight, President Biden suggested that the state of the union is strong, but we all know that's not true. We are a nation in decline across every measurable category: on the world stage, in terms of our sovereignty, and economically.
Gaslighting the American people is not going… pic.twitter.com/vSDumvaZui
— Speaker Mike Johnson (@SpeakerJohnson) March 8, 2024
今夜、バイデン大統領は国家の現状が強いと示唆しましたが、それが真実ではないことは誰もが知っています。我が国は、世界の舞台において、主権の観点において、そして経済の観点において、あらゆる測定可能な指標において衰退している国です。
故意に誤った情報不安でアメリカ国民を煽ることはうまくいきません。
「欧州第一主義」が最大の公約?
だが、上記のように大統領選に向けての事実上の「公約」を散らばめた一般教書演説の冒頭部分がウクライナ戦争についての言及だったことは示唆的である。これは、バイデン政権がウクライナ支援を現状における最優先事項であると見ていると同時に、中国よりもロシアの脅威が最も喫緊の課題であると認識していることを示した。図らずもバイデン政権はアジアにおける中国の脅威ではなく、欧州のロシアへの対応を重視する欧州第一主義を追求していることが可視化された。(ちなみに中国についての最初の言及は演説開始後1時間8分であった)
また、一般教書演説は、バイデン氏に批判が集まっている問題について説明する機会であった。しかし、一般有権者がバイデン氏よりも共和党に期待を寄せる国境警備政策についての言及は演説開始から49分であった。そして、民主党左派が問題視しているイスラエル軍によって惹起されたガザの窮状についての初めての言及まで1時間かかっている。左派からするとパレスチナ人というイスラエルの「圧政」に苦しんでいる現状がありながらも、一方でロシアの「圧政」に直面しているウクライナをバイデン政権が重視しているのは、建前上では民主主義や人権、法の支配を守ることに重点を置くバイデン外交の偽善性を浮き彫りにするものであったであろう。
公約実現のカギを握る2024年大統領選
バイデン氏が「公約」として挙げた政策は今年の選挙で共和党が上院多数を獲得する状況下ではまず実現しそうにない。また、議事妨害がある以上、例え現状の上院での議席を維持するだけでは約束した政策の実現は不可能である。現状でのバイデン政権の最優先事項であるウクライナ支援は民主党が下院を獲得し、上院においてネオコンや穏健派共和党議員からの支持を得ることが出来たならば、何とか継続できるかもしれない。しかし、果たしてバイデン政権の欧州第一主義こそが有権者から求められているものなのだろうか。