為替は一時、1ドル=160円に乗ったものの、介入の効果やFRBの利下げ観測などもあって、連休明けは154円前後で落ち着いているが、先安感は強い。円安の構造的な原因は大企業のグローバル化なので、この傾向が反転するとは考えにくい。
円安でグローバル企業はもうかるが、輸入品の価格が上がって消費者は損する。つまり円安は消費者から大企業への所得移転なので、得するか損するかは立場によって違うが、日本経済全体としてはどうだろうか。
黒田日銀が産業空洞化を促進した
これを考えるには、GDPだけではなくGNI(国民総所得)とGDI(国内総所得)を考える必要がある。GNIはGDPに所得収支(企業の海外収益)を加えた所得、GDIはGDPから交易利得を引いた所得である(図1)。
図1(日銀)
図のように2010年代以降、日本のGNIは成長したが、GDPとの差は拡大し、海外直接投資(FDI)はアメリカより大きくなった。これは2009年以降の円高で製造業の海外移転が増え、日銀が大量に供給したゼロ金利の資金が国内で消化できないため、余剰資金がFDIにまわったと考えられる。いいかえれば、黒田日銀が産業空洞化を促進したのだ。
その結果、企業収益は改善されたが、輸入品の価格が上がって交易条件(輸出物価÷輸入物価)が悪化した(図2)。交易条件は為替レートだけではなく第1次産品の価格にも左右されるが、現在は1970年代の石油ショックのころより悪い戦後最悪の状況である。
図2(小川製作所)
交易条件は輸入インフレで個人消費を萎縮させるだけではなく、企業の原材料価格も上がるので、鉄鋼や石油化学のように輸入依存度の高い企業が海外逃避する傾向が強まる。だから円安で交易損失が大きくなると、企業の海外逃避が増える可能性もある。
資本の国内への環流が必要
このように円安の影響は立場によって違うが、単純化するとGNIは企業収益をあらわすのに適しており、GDIは雇用や消費との相関が強い。GNIとGDPのギャップが所得収支だが、2010年代に日本企業が急速にグローバル化したため、そのギャップが拡大した。
これを是正するには、まず海外法人に「外部留保」されている利益を国内に環流させる必要がある。それが財務省も検討しているリパトリ減税である。これは海外収益の本社への送金を減税する措置で、アメリカでは2度おこなわれて大きなドル高効果があった。
ただこの効果は一時的なので、長期的には対内直接投資を増やす必要がある(図3)。これはGDPのわずか5%で、北朝鮮より低い。その原因は法人税率がアジア最高で、経営者が企業買収をいやがり、雇用規制などの非関税障壁が大きいためだ。これを是正する規制改革が必要である。
図3(唐鎌大輔氏)
イギリスは固定為替相場時代の1ポンド=900円から190円まで通貨が1/5に減価したが、国内の金融機関を海外に開放する「ビッグバン」で投資を呼び込んで復活した。「日本版ビッグバン」は1990年代におこなわれて銀行の破綻をまねいたが、今度は本当に資本市場を開放する「資本開国」が必要である。