8/30産経新聞デジタル版の「チャットGPT2億人利用 米オープンAI投資拡大も」
と題する記事は「『チャットGPT』の利用者が世界で2億人を超えた」と報じた。
性格は異なるが代表的ソーシャルメディアの2億人達成に要した期間と比較しても最速の達成である(下表参照)。
サービス開始 | ユーザー数
2億人到達時 |
2億人到達までに
要した年数 |
現在の
ユーザ数 |
|
2004年2月 | 2011年 | 約7年 | 28憶人 | |
YouTube | 2005年2月 | 2018年 | 約13年 | 20憶人 |
2006年3月 | 2011年 | 約5年 | 4憶人 | |
2010年10月 | 2014年 | 約4年 | 20憶人 | |
TikTok | 2017年9月 | 2020年 | 約3年 | 15憶人 |
ChatGPT | 2022年11月 | 2024年8月 | 1年9カ月 | 2憶人 |
注1:ユーザー数は月間アクティブ・ユーザー数
注2:LINEは2011年6月サービス開始で、2024年3月現在のアクティブ・ユーザー数は9700万人
驚くべきはその普及速度だけではない。同記事が「世界企業500社売上高番付にランクインした大企業の約92%がチャットGPTをはじめとした同社製品を使っているという」と指摘する大企業への浸透ぶり。
ソフトウェアが世界を飲み込む
この驚異的な普及状況を見て思い浮かぶのが、米ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン氏が2011年8月20日付、ウォールストリートジャーナル紙の「なぜソフトウェアが世界を飲み込むのか」と題する寄稿文。
拙著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(以下、「国破れて著作権法あり」)では、渡辺薫訳「ソフトウェアが世界を飲み込む理由」を抜粋して紹介した。その一部を以下に紹介する。
私たちは劇的かつ広範囲にわたる技術的、そして経済的な移行期にあり、ソフトウェア企業が経済の大部分を占有してしまおうとしている、まさにそんな時期に直面しているということだ。
映画から農業、そして国防に至るまで、主要企業や主要産業のより多くがソフトウェア上で運営され、オンラインサービスとして提供されている。勝者の多くが、従来の産業構造に参入して(伝統的企業を)駆逐しているような、シリコンバレー流の起業家生まれのテクノロジー企業である。この先10年、私はより多くの産業がソフトウェアによって崩壊させられ、世界最先端の新興シリコンバレー企業が、多くの場合その崩壊を引き起こすだろうと期待している。
(中略)
今日、世界最大の書籍販売会社のAmazon社は、ソフトウェア企業である。同社の核となる能力は、基本的にすべてをオンラインで販売するというその素晴らしいソフトウェア・エンジンであり、小売店舗は必要ではない。それに加えて、Borders社が差し迫った破産の苦痛にさいなまれていたとき、Amazon社は、初めて物理的な書籍にとって代わる、Kindle向け電子書籍をプロモーションするために自社サイトを変更しようとしていた。今では、本ですらソフトウェアなのだ。
定期利用者数から、今最も規模の大きなビデオサービス会社は、ソフトウェア企業のNetflix社である。いかにしてNetflix社がBlockbuster社(DVDレンタルビジネス最大手)を骨抜きにしたかは古い逸話となっているが、今、その他の伝統的なエンターテイメント会社がまさに同じ脅威に直面している。Comcast社、Time Warner社などの各社は、TV Everywhereといった、映像コンテンツを物理的なケーブルから解き放ち、スマートフォンやタブレットに提供するなどして、自社をソフトウェア企業へと変革することで対応しようとしている。
現在、支配的な音楽会社も、Apple社のiTunes、SpotifyやPandoraなどのソフトウェア企業である。伝統的なレコード会社は、ますます、これらソフトウェア企業に対してコンテンツを提供するためだけの存在になっている。デジタル・チャンネルからの業界売上は、2010年に46億ドルになり総売り上げの29%にまで成長。2004年は総売り上げの2%でしかなかった。
いくつかの産業、特に原油やガスといった実世界の構成物が重大な産業では、ソフトウェア革命は既存企業にとって絶好のチャンスを提供する。しかし、多くの産業において、新たなソフトウェアのアイディアは、新たなシリコンバレー流のスタートアップ企業の登場という結果を招き、既存産業に不純物として侵入してくることとなる。この先10年、既存企業とソフトウェアの力を得た反乱者との間の戦いは熾烈なものとなるだろう。創造的破壊」という言葉を生み出した経済学者のジョゼフ・シュンペーターは誇りに思うだろう。
「国破れて著作権法あり」はシュンペーターの創造的破壊について以下のように紹介した。
シュンペーターは母国オーストリアの財務大臣やドイツのボン大学教授を歴任した後、ナチスから逃れてアメリカに渡り、ハーバード大学で教鞭を取った。イノベーションの本質は創造的破壊(creative destruction)にあると指摘。経済発展というのは新たな効率的な方法が生み出されれば、それと同時に古い非効率的な方法は駆逐されていくという、その一連の新陳代謝を指し、持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であるとした。
ソフトウェアの力で創造的破壊に成功した反乱者
「国破れて著作権法あり」は続ける(世界時価総額ランキングは最新のものに差し替えた)。
イノベーションについての名著にクレイトン・クリステンセン ハーバード大教授の『イノベーションのジレンマ』がある。「技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」という副題がついているように、イノベーションが大企業からは生まれにくいことを説いた教授は、イノベーションを持続的イノベーションと破壊的イノベーションに分類。
ハードディスク業界などの例をとりあげて、実績ある企業は、ごく単純な改良から抜本的なイノベーションまで、持続的なイノベーションをリードする技術力を持ってはいたが、破壊的技術を率先して開発し、採用してきたのは、いつも既存の大手企業ではなく、新規参入企業であることを実証した。
教授の理論はアンドリーセン氏が「現在、支配的な音楽会社も、Apple社のiTunes、SpotifyやPandoraなどのソフトウェア企業である」とした音楽配信サービスにもあてはまる。2000年代初め、ウォークマンが携帯音楽プレイヤーの主役の地位を占めていた時代のソニーは、アップルに比べれば大企業だった。しかし、CD販売の音楽事業を持つため、共食いを恐れ、音楽配信サービスに踏み切れなかった。
2001年に携帯音楽プレイヤーiPodを発売したアップルは、2003年にiTunes Storeを立ち上げ、安価(1曲99セント)で使いやすい音楽配信サービスを提供して大ヒットさせた。その後、iPhone(スマホ)、 iPad(タブレット型PC)を次々と大ヒットさせ、2024年世界時価総額ランキング1位を誇っている。
そのアップルがシリコンバレー生まれの音楽会社だとすれば、シリコンバレー生まれのテレビ局は、アンドリーセン氏が「今最も規模の大きなビデオサービス会社」とするネットフリックス社。2024年世界時価総額ランキング33位と日本勢トップのトヨタ自動車(42位)を上回る。
アンドリーセン氏はアマゾン、ネットフリックス、アップルがソフトウェアの力で躍進した事例を紹介した後、「この先10年、既存企業とソフトウェアの力を得た反乱者との間の戦いは熾烈なものとなるだろう」と指摘したが、最近の反乱者がチャットGPTでソフトウェアの力で今まさに世界を飲み込みつつある。
■