週末に新潟の温泉旅館・嵐渓荘で開かれたイベント「らんまる」は、最終的に70人近くが宿泊を伴う参加で、大いに盛り上がった(ヘッダー写真は〆の朝食)。個人的にもこんなに素敵な宿に泊めてもらう体験は、もうない気がする。旅館主の大竹啓五さんはじめ運営スタッフのみなさん、参加者のみなさん、心よりありがとうございます。
私と綿野恵太さんの対談も、「シラス」で早速配信されている。運営メンバーが始めたチャンネルごと契約すると、開催に至る舞台裏や、前泊した東浩紀さんを囲んで飲み明かす前夜祭の様子も見れるそうだ。ぜひ、こちらもご検討ください。
それで、綿野さんが議論のたたき台として準備して下さった、グラムシの話が勉強になったので、忘れないうちにちょっとメモ。
イタリア共産党を創設したグラムシは、ムッソリーニ政権下で逮捕され、膨大な「獄中ノート」の形でその思索を残した。口だけで「なにより行動!」とかテキトーなこと言ってらんない状況に追い込まれたからこそ、なぜ知識人は世の中を変えられないのかを、真剣に考えたわけだ。
で、そのグラムシは「伝統的知識人」と「有機的知識人」の2つの類型を置くことで、その問いに答えようとしていたらしい。
伝統的知識人とは、端的には聖職者や、大学教授である。言い換えると、純粋に「真理」を知るために本を読む人のことで、だから彼らは究極的に言うと、(神と)自分しかいない世界に住んでいる。ひとりぼっちで瞑想して、「これが答えだ!」というものが見つかれば、それでOK。
一方で有機的知識人とは、知識を得るため、あるいは得た知識を活かすために、互いに意味ある形で他者とつながることが必要な「組織者」を指す。グラムシが重視したのはもちろんこちらで、だからこそ彼はマルクスの文献研究では自足せずに、「党」を作ったとも言えそうである。
喩えるなら、論語やアリストテレスを読んで「これがあるべき政治だ」と納得できればそれでいい、と考える政治学者は、伝統的知識人。一方で、目下の国民が政治に求めるニーズを調べ、それを基に政治家と話しあうのが仕事だと思っているなら、さしずめ有機的政治学者だろう。
SNS社会の罪は、よかれ悪しかれ「自分と真理だけ」の世界に住む伝統的な知識人が、新たな努力はゼロでネットにぶつくさ呟くだけでも、あたかも有機的な知識人にオートで転換できるかのような、幻想を作ってしまったことだと思う。
たとえばセカイ系アニメの、大事なのは「自分とカノジョだけ」、だからそれ以外はぜんぶ無視みたいな感覚は、成熟拒否の表われだとしてよく批判される。とりわけインテリを自認する人ほど、そうやってバカにしがちだ。
しかし、価値があるのは「自分と真理だけ」だとする発想が染みついたまま、そのマイ真理のご高説をSNSで垂れていれば、そのまま社会がそれを認めてくれてハッピーワールドができるはずだと思い込んでいる、インテリ(特に大学教員)のアカウントはかなり多い。
セカイ系の作り手は、世の中そう単純じゃない――「有機的」なつながりなしには実際に生きられないとわかっていて、思い通りにならないセカイを滅ぼすバッドエンドを用意するけど、ガクシャ系(?)の思考は「思い通りになるはず・べき!」と心底信じている分、実はもっと幼稚である。
もし、勢いのあるハッシュタグやオンライン署名に乗っかるだけで、「自分的にはコレが真理」みたいなものが広まるなら、異論の持ち主とぶつかり合いつつ、議論できる場を組織するだなんてメンドーはしなくていい。
……もちろん現実は甘くなく、むしろ安易に署名しちゃって後でそれがコケたら、ネットで一生晒し者にされるとか、結構きびしいわけですが。
こうなると、意外に似てくるのは「ひきこもり」の問題だ。精神科医の斎藤環さんと議論すると必ず話題になるけど、平成期にメールやSNSが普及するだけでは、彼らの状況は改善しなかった。
唯一効果のあったニューメディアは「ニコ生で生主になる」(=動画を配信する)ことで、ささやかであれ自分が主催するコミュニティを作る体験をすると、社会復帰に向けて弾みがつくという。
つまり、単に「情報のやり取りの軌跡」がログのようにつながるだけではダメで、身体性を伴って意味のある場所(たとえば番組)を囲むつながりを作れたときに、初めて人は社会と「有機的」なかかわりを持てるのだと思う。
全国から遠路はるばる、参加者が足を運んだ場でそうした議論ができたことは、ほんとうに貴重だし楽しかった。改めて感謝するとともに、ぜひ多くの人が動画を見てくれたら嬉しいです!
P.S.
綿野さん自身も、今月「シラス」でチャンネルを開設されたとのこと。ご迷惑でなければ(笑)、そちらでもそのうち共演しましょう!
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。