東京18区 松下玲子「給食費無償化を実現」に突っ込み殺到

松下玲子「給食費無償化を実現」に突っ込み殺到

元武蔵野市長であり、今般の衆議院議員選挙において東京18区から菅直人氏の後任候補として立憲民主党公認で立候補した松下玲子氏が、選挙演説の個人講演会の場で自身の市政の実績として「給食費無償化を実現」と発言しており、ツッコミが殺到しています。

武蔵野市の給食費無償化が令和6年6月からスタートし、4月分から遡って支給されるということですが、この方針が決まったのは松下氏の後任で現在の武蔵野市長である小美濃安弘氏の市政下でのことです。

そのため、「「実現」はデマだ」「松下玲子は他人の功績を横取りしている」といった批判が行われています。

武蔵野市長期計画条例に基づく計画に給食費無償化が記載

これに対して、松下玲子事務所のXアカウントでは「武蔵野市では長期計画に書かれていないことはできないとされ、給食費無償化に関しては長期計画調整計画策定委員会が当初猛反対していたところ、当時の松下市長の説得の結果、調整計画に書き込まれた」という点が指摘されています。

さて、これについて事実関係を確認していきましょう。

武蔵野市長期計画条例

(長期計画)
第2条 市長は、前条の目的を達成するため、武蔵野市長期計画(以下「長期計画」という。)を策定するものとする。
~省略~
4 市が実施する政策は、すべて長期計画にその根拠がなければならない。ただし、速やかな対応が特に必要と認められるものは、この限りでない。

武蔵野市長期計画条例では、例外を除き長期計画を根拠に市の政策を実施するとあります。長期計画の策定委員会の構成員は以下で説明されていますが、策定委員会の設置については当該条例において「市長は、長期計画等の策定を行うときは、策定委員会を設置するものとする」とされています。

第六期長期計画・調整計画策定委員会について|武蔵野市公式ホームページ

策定委員会とは
市内在住の学識経験者・有識者や公募市民、副市長で構成されています。

市議会からの意見聴取や市民との意見交換会などを踏まえ、広い視野で計画案を策定し、市長に答申します。市長は、策定委員会からの答申を尊重し、長期計画・調整計画を策定します。

第六期長期計画・調整計画策定委員会へ松下市長から提案、計画記載

(5) 学校給食の取組みの継続と発展

児童生徒の健康や食育の視点から、武蔵野市が進めてきた質の高い給食提供の取組みを継続・発展させる。そのうえで、学校給食費の無償化については、国や都の動向を注視するとともに、その効果や市独自で行うことの必要性など様々な観点から検討する。 

令和5年11月30日に策定委員会から市長へ答申された第六期長期計画・調整計画 答申(令和5年11月)】においては「注視する」「検討する」とだけ書かれており、令和6(2024)年 1月 に策定された【第六期長期計画・調整計画 令和6(2024)年度~10(2028)年度】でも答申の文言そのままでした。ちなみにこれ以前の【第六期長期計画(令和2年度から11年度)】では給食費の無償化は盛り込まれていません。

松下氏の市長退職に関しては令和5年11月10日付で退職届が提出され、辞職日は同月30日付でした。

そのため、「給食無償化の検討について長期計画に書かれた」のが令和6年1月なのだから、公的な手続上は、この時には松下氏の市長としての判断は介在していないことになります。

ただし、松下市長が策定委員会で給食費無償化について提案していることが、策定委員会の議事要録で確認できます*1

第11回の策定員会でも委員長が反対の意思を表明した事に対して市長が再度説明するといった展開がみられました。賛成する委員もロジックに疑問を呈する委員もいました。第16回の策定委員会*2でも依然として優先順位や位置づけの問題が指摘されていましたが、「注視する」という文言を盛り込むことについて言及されていました。その後第19回*3での議論があり、第20回での市長から再度「合意形成を図っていきたい」*4と意見交換が促されています。それを受けて、第21回で示された答申案では、答申や計画にある文言が登場しています。

松下市長が提案する前の策定委員会では給食費無償化について議論していた形跡が無いので、この流れは松下市長が作り出したと言えます。

給食無償化の根拠は長期計画?市は「実施すべきでないとは書かれていない」と答弁

また、武蔵野市議の川名ゆうじ氏から、給食無償化政策の根拠について、市側に質疑がありその際の回答が掲載されています。

武蔵野市議会 給食無償化議案を可決へ : 武蔵野市議 川名ゆうじ blog 2024年06月21日 14:37

川名からは、給食無償化は評価するが、武蔵野市長期計画条例第2条4で「市が実施する政策は、すべて長期計画に根拠がなければならない」と規定されている。
2024年4月からの第六期長期計画調整計画では、「学校給食費の無償化については、国や都の動向を注視するとともに、その効果や市独自で行うことの必要性など様々な観点から検討する」とあり、実施とは書かれていない。
現在、調整計画の第二次調整計画の策定が始めるため、本来では第二次調整計画で書かれてから実施すべきことではないか。同条例に動項には「ただし、速やかな対応が特に必要と認められるものは、この限りでない」とか書かれいるため、この条文を根拠に実施をするのか? と質問をした。

答弁では、調整計画にやるともやらないとも書かれていないので実施するとしていた。
そうなると、やらなくても良いとなり実施する根拠がなくなる。長期計画条例の意義がなくなってしまうことになる。市長に再確認で質問したところ、ご指摘の条項で実施するとしていたので整合性はとれていることになるのだが、このあたりの整合性、根拠の明確さに曖昧さが残ったのは気になった。

長期計画条例は「長期計画にその根拠がなければならない」としていますが、「根拠」と言えるためには、明示的に「実施する」と記述されていなければならないのか、それとも未確定であっても実施する選択肢が提示されていれば足りるのか?という問題があるということでしょう。

実際には以下答弁していました。

令和6年 文教委員会 本文 2024-06-21

【真柳教育部長】  市が実施する政策については、長計の根拠で、なおかつ緊急を要する場合にはというところ、確かに条文についてはそのとおりだと思っております。私が先ほど申し上げたのは、長計の文言の中で明確にやりなさいということは確かに書いていないのですけども、実施するべきではないということでもないということです。何が議論されてこの文言になったのかということを、当時の事務局であり、両副市長であり、皆さん議論の中で聞いているということです。その文言の中あるいはその議論の中で読み取れることをこの間実施してきたのですということを申し上げました。
急を要するかというところでいうと、これをこの6月の補正あるいは4月から実施しないと大変なことになってしまうかというと、そこは少し議論のあるところではないかと思っております

ただし書きの「急を要する」には当たらないと思われます。

「(策定委員会の)議論の中で読み取れること」というのは、策定委員会の終盤の議事要録を見ると喧々諤々だった様子がうかがえますが、この議論の中で直ちに実施するのではなく検討を尽くしてから実施すべき*5とする意思の下に給食費無償化に関する当該記述が採用されたということが委員会として確定的に示されたのか?というと、定かではありません。

ここは議論の余地があるかもしれませんが、「長期計画に根拠が無ければ市は政策を実施できない」という限定的な方針の下では、実施する選択肢が提示されてさえいれば実施可能にしないと身動きが取れなくなるのではないか?と思いますが、そこは武蔵野市の条例の運用の仕方、当事者たちの意思の問題なので、立ち入りません。

まとめ:松下玲子市長の功績はあるが「実現した」との間には距離があるのではないか?

まとめると、当時の松下玲子市長が長期計画・調整計画策定委員会に給食費無償化の提案をしてからその議論が行われるようになり、答申に記載されるようになったという起点としての功績があるとはいえます。
(※あくまでこの政策が正しいという立場から。政策自体への異論はあろうと思われます。)

ただし、それと「松下氏が実現した」との間にはかなりの距離があると言わざるを得ません。

  1. 松下市長の影響下での動きと言えるのは11月30日の「答申」までであり、答申を受けた後の翌年1月の長期計画の記載に関して関与した市長は形式上、小美濃氏
  2. しかも、「検討する」という記述に留まっており、実施をする方向性がある程度定まっていてその可能性も高いと言えるようなものとは言えない
  3. 記載された経緯も、直ちに実施するのではなく検討を尽くしてから実施すべきとする意思を込めようと発言していた委員もみられた
  4. 給食費無償化を現実に実施するまでには予算や各所との調整が必要であり、既に市長を退いていた松下氏は実施環境を整備させることのできる立場ではなかった

退職していた松下氏の意向を受けて市長の小美濃氏が動いていた、という事情はあったのだろうか?彼は自公推薦であり、「松下側」は対立候補だったわけですから、俄には考えられない事態です。

したがって、「松下玲子氏が給食費無償化を実現した」というのは、優しく言って話を盛りすぎ、と言わざるを得ません。支援者に向けた個人講演会でなら許されるでしょうが、公に向かっては発信するのは危ういのではないか?と思います。

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編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2024年10月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。