フューチャースクール廃止の愚 --- 中村 伊知哉

アゴラ編集部

6月13日、総務省の教育情報化事業「フューチャースクール推進事業」が行政事業レビューのいわゆる仕分けで「廃止」判定をくらいました。過去にも仕分けに会った教育情報化ですが、議論と実績を積んできて、さすがにもうなかろうと油断していたら、またも廃止ですと。


教育情報化は民主党政権になってグッと動きだしました。2009年末に総務大臣がビジョンを発出して2015年の一人一台達成提案がなされ、2010年には知財計画とIT戦略の双方でデジタル教科書推進が明記されて閣議決定に持ち込まれました。これを受け、本家文科省は委員会を設置、2011年には教育情報化ビジョンを策定し、教育関係者を巻き込みながら推進体制が整ってきたのです。

総務省はフューチャースクール、文科省は学びのイノベーションという実証研究事業を相互連携してスタートさせ、全国20の小中学校で実験が始まりました。総務省と文科省の担当課長はそれぞれエース級が人事交流して連携するというかつてない緊密な体制も敷かれました。ぼくは予算よりも人事をみて政府の本気を感じました。

この取組は閣僚が総ぐるみで了解して進めてきたもの。民主党3人の首相にぼくは教育情報化推進を銘打つ知財計画案を持ち込み、3人ともに面前で確認をもらっています。

ぼくが事務局長を務めるデジタル教科書教材協議会(DiTT)は、こうした政府の動きも受け、民間=産学として推進する態勢を作るために2010年に立ち上げたものです。国には国としての実験を進めてもらい、それではカバーできないことを民間としても進めようと、今13のプロジェクトを走らせています。

産学が政官と手を組み、教育情報化に立ち後れた日本を何とかしようとなったのであります。もっと大事なのは、学校現場の先生ですよね。だから先生方のコミュニティも作ろうということで、TECというオンラインコミュニティも作り、議論を続けています。

去る5月29日には、知財計画2012が策定されました。こういう記述があります。

「児童生徒1人1台の情報端末によるデジタル教材の活用を始めとする教育の情報化の本格展開を目指して義務教育段階における実証研究を進めるとともに、実証研究などの状況を踏まえつつ、デジタル教科書・教材の位置付け及びこれらに関連する教科書検定制度といった教科書に関する制度の在り方と併せて著作権制度上の課題を検討する。(総務省、文部科学省)」

つい先日、首相以下全閣僚が出席する会議でこれを了承、政府として実証研究を推進することを確認するだけでなく、さらに制度問題にも切り込むことを決定したわけです。

そこで行われた仕分け。改善意見2、廃止意見4で、結論は「廃止」。怒りを通り越して笑ってしまいましたが、放っとくと本当に廃止になるという。ああ、冗談じゃないんだ。無視もできないので対策を立てますが、ひとまず仕分け会議での議論は「正論でも正統でもない」ので、 ひとまずそれをメモしておきます。

1 議論の内容
下記が会議での主な指摘・質問。総務省は控えめに淡々と答えていましたが、自由な立場のぼくならこう答えるというのが→。
・ 文科省の役割だ。
 → そうだ、文科省が力を入れろ。だからといって総務省のインフラ整備予算を削るな。
・ 指導法などを先に立てるべき。 
 →情報化教育は20年以上検討されているが、いつまで待つのか。100年か?
       電話は利用法を検討してから整備したんじゃないよ。
・ 総務省11:文科省3。文科省が総務省に丸投げ。
 →そこが問題。文科省を33にすべきだ。
       でも、インフラの技術的な話は文科省ではできない。
       総務省のインフラチームをガサッと文科省に出向させていいなら別だが。
・ 教員のコストカット効果は?
 →ある。ただし、情報化は教員のレベルアップ効果の方が大きい。
・ ICT支援員はいらなくなるのか?
 →いらなくなるよう推進すべき。事業を廃止したらICTが使えない状態が続くだけ。
・ 国のパイロット事業より地方主導。
 →両方だ。今は国も地方も弱いんです。
・ 一校6000万円。全国で2兆円。
 →スケールメリットでうんと安く済むが、国の未来への投資としては2兆円でも安い。
・ タテ割り排して全体プロジェクトを評価すべき。目的達成度は?
 →まだ事業途中です。
・ 総務省は利用分野のサポート役になるべし。
 →教育・医療の情報化をIT政策側が訴え続けて十余年。
    利用分野が動かないなら引っ張るセクターがないと、結局どちらも動かない。

で、廃止。要するに教育の観点を先に検討せよということと、文科省にやらせろという2点だが、ではこれを廃止して日本の教育情報化は進むのか?その分が文科省につくのか?ただでさえ他国に比べうんと遅れているのがもっと遅れるだけではないでしょうか。

2 正統性
ところで、この廃止判定を出された方々は、どういう立場なのでしょうか。私、不勉強なせいか、画面を拝見しても存じ上げない方々でした(一人存じ上げていますが、恐らく廃止判定は出されていない)。周りに聞いても、知らないという。少なくとも、このテーマに関わっている産業界や学界の意見を代表しているわけではなさそうです。

総務省・文科省も政権も推進で一致しています。自民党、公明党の議連などでも教育情報化を強く推進する意見を聞きます。政官ともに前向きです。財務省は予算を切りたがっているかもしれないが、であれば予算をつけなければいいし、教育情報化の閣議決定を阻止すればいい。

このほか、本件に対し意見があるとすれば、現場の先生、保護者、子どもたち。しかしフューチャースクール事業のアンケート結果を見ても、先生たちや子どもたちの評判は悪くない。先生はICT導入で授業力がつき、子どもたちはICT利用で楽しく、わかりやすくなったと答えています。やめちまえ、という声は聞きません。

ということは、この廃止判定の根拠は、個人の感想に基づくものなのでしょう。それが政・官・産・学・現場の意見を覆そうというからには、とてつもない正統性が必要です。そんな正統性を、誰が誰に与えたというのでしょう。

これは仕分け人のかたがたが悪いのではありません。彼らはきちんと(一回とはいえ)フューチャースクールの現場に足を運び、こうした批判にさらされるリスクを負って真摯に自説を唱えておられます。悪いのは、仕組みです。検察のような裁判官と被告だけがいて、死刑判決を下す。東京裁判みたいなもんですな。

幸か不幸か、この仕組みのもう一つの欠陥は、その仕分け結果を政権としてどう扱うかがハッキリしていないこと。この際、政権はこの欠陥を活かし、「決然と無視」することでしょう。

仮にぼくが仕分け人だったら、こういう意見を出します。「結論:予算3倍増。理由:全小中学校を早期にフューチャースクールにするため。」


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年6月20日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。