国民民主党の減税案が、政局の焦点になってきた。自民党は特別国会の首班指名で石破首相が指名されるために国民民主を取り込もうとし、立民党は党首会談で国民民主に「野田首班」への投票を求めたが、玉木代表は否定的だ。
基礎控除等を103万円から178万円に引き上げると、7兆円を超える減収になるので実現は無理との印象が広がっていますが、果たしてそうでしょうか。
まず、ここ数年の国の「予算」ではなく、「決算」を見ていただきたいと思います。… pic.twitter.com/a1kNV9IxkH
— 玉木雄一郎(国民民主党代表) (@tamakiyuichiro) November 6, 2024
年収の壁対策にはならない「台所財政」
まずアゴラこども版でも書いたように、今回の減税案は年収の壁対策にはならない。もともと年収の壁というのは130万円の第3号被保険者についての言葉で、103万円は大した壁ではないのだ。扶養控除や配偶者控除の壁はあるが、そんな特殊な問題のために全国民に7.6兆円も減税することはありえない。
この大減税は、マクロ経済政策としてはナンセンスである。インフレ率は30ヶ月以上にわたって2%を超え、政府は累計11兆円の物価高対策で、ガソリンなどに補助金をばらまいているが、これは実際にはガソリンの需要を拡大して物価を上げている。国民民主の減税案はさらに所得税・住民税を2割以上減らして総需要を追加し、インフレの火に油を注ぐものだ。
玉木代表は「自然増収で余った税金をお返しする」というが、このように増収のとき減税やバラマキをやり、不況になったら歳出を削減するのが、昔の大蔵省の台所財政だった。バブル景気で財政黒字になった1989年には、竹下内閣は税金の使い道に困って「ふるさと創生事業」と称して全国の市町村に1億円ずつ補助金を出したが、その直後にバブルが崩壊した。
台所財政は景気循環拡大的(pro-cyclical)なので、90年代から大蔵省もケインジアンに変わり、不況期に減税して財政赤字を出すようになった。景気がよくなるとインフレで増税になるので、それが景気循環を緩和するビルトイン・スタビライザー(自動安定化装置)になる。これは玉木氏も認めている。
ところが今度の減税は、インフレの時期に総需要を増やして物価をさらに上げる台所財政である。その財源もまったく当てがないので、赤字国債しかない。減税したら消費は増えるが、それによって税は増収にならない。減税の一部は貯蓄されるからだ。
社会保障支出の激増に備えて財源は温存すべきだ
日本はこれから社会保障費の激増する局面を迎える。特に老人医療費が増え、社会保障支出が現在の140兆円から2040年には190兆円になる。毎年3兆円以上も支出が増え、社会保険料は大幅な増税になる。
このような危機にそなえて大蔵省は所得税を減税する一方で消費税を増税したが、運悪く竹中内閣も橋本内閣も消費税増税で倒れ、安倍内閣は2度も増税を延期したため、2010年代には社会保険料が激増し、30%を超えた。
これ以上の社会保険料の増税を防ぐためには、第一義的には医療費の一律3割負担など社会保障支出の削減が必要だが、これは政治的にむずかしいので、今は所得税や住民税などの財源を温存すべきだ。ここで無意味な所得減税をやると、将来の社会保険料がさらに増える。
社会保障改革に逆行するバラマキ減税
長期的には社会保険料を消費税で置き換える最低保障年金や負の所得税などの改革が必要だが、今回の減税はそういう構造改革に逆行し、新たな既得権をつくるバラマキである。基礎控除を上げると年金生活者のほとんどが住民税非課税世帯になり、9割引医療などの老人偏重がひどくなる。
この減税は130万円の年収の壁の対策にはならず、扶養控除・給与所得控除も変えないと103万円の壁はなくならない。住民税4兆円を失う自治体も反対するなど膨大な利害関係者が発生するので簡単には行かない。
ただ自民党も政権延命のために、ゼロ回答というわけにもいかない。基礎控除・給与所得控除と同時に、扶養控除や配偶者控除も130万円まで上げる約束をするのが落とし所だろうが、12月の税調で通すのはむずかしい。早くても2026年4月だろう。