年金ネズミ講を全企業に拡大する年金法改正を野党は阻止すべきだ

永田町では国民民主党の減税案が話題になっているが、これは3つにわけて考える必要がある。

・年収の壁
・手取りを増やす効果
・財源

年収103万円は壁ではない

このうち年収の壁については、103万円は問題ではない。これは学生の親や主婦の配偶者の扶養控除がなくなるだけで、所得税・住民税は所得と103万円の差額にかかる。たとえば年収110万円なら差額の7万円に所得税・住民税15%がかかるので、税額は1万円である。これは次の表のように連続的な増加で壁ではなく、高所得者ほど有利になる。

日本経済新聞

手取りの増加はわずかなものだ。基礎控除・給与所得控除を178万円まで上げても、年収200万円で13万円である。財源については玉木代表の話も二転三転しているが、一時的な自然増収でまかなうという話は無責任だ。34.5兆円の所得税・所得税という恒久財源を2割も減らすのだから、それに対応する歳出削減を提案するのが責任野党というものだろう。

来年度から年収の壁は「週20時間の壁」になる

さらに問題なのは、これが2025年度から予定されている年金法改正と矛盾することだ。これは今年10月に従業員51人以上の企業は106万円以上となった社会保険料の適用をさらに拡大し、年収と企業規模の条件を撤廃し、週20時間以上働く労働者はすべて厚生年金に強制加入させるものだ。

今年10月の年金制度改正のパンフレット

つまり年収の壁はなくなり、週20時間の壁になるのだ。基礎控除・給与所得控除を178万円まで引き上げても、この壁があるかぎり「働き控え」はなくならない。

これについて国民民主党の玉木代表に質問したところ、「厚生年金の適用拡大には党として賛成の立場だ」という答だった。たしかに2020年の年金法改正で適用事業所を拡大するときも、野党各党は賛成している。

しかしこれによってパート労働者の生活は楽になるのだろうか。厚労省のサイトによると、今年10月の改正で、年収106万円(月収8.8万円)のパートの受益と負担は次のように変わった。これを全企業に拡大するのが来年度の年金法改正である。

厚生年金を適用拡大すると負担と受給はどう変わるか(厚労省)

今は国民年金保険料を月額1万9100円払い、老後は国民年金を月額6万5000円を受け取るが、厚生年金に入ると、支払い額は1万2500円に減るのに、老後は4500円多く支給される。これはとても結構なことのようだが、本当だろうか?

中小企業の人件費が3割増える大増税

この図の保険料(会社)というのが曲者だ。会社負担を含めると保険料は2万5000円となり、月収の28%だが、これは会社からみると人件費が28%増えることになる。社会保険料は赤字法人でも払わないといけないので、中小企業にとっては大増税である。

以前の記事でも書いたように、最終的にはこの会社負担は労働者に100%転嫁され、賃金は28%減る。つまり年収106万円が76万円に減る。これは手取りを大幅に下げる改正なのだ。

労働供給が非弾力的な場合の事業主負担の帰着(RIETI)

また厚生年金が約束通りもらえるかどうかもあやしい。島澤諭氏の計算によれば、次の表のように年金が65歳から支給され、95歳まで生きるとしても40歳以下の純年金額(もらう年金額-払う保険料)はマイナスになる。

これは2018年の数字で、日本人の平均寿命は約85歳だから、この表より10歳ぐらい上が損益分岐点である。厚生年金は平均寿命より長く生きた人は得する設計だとよくいわれるが、50歳以下の人は何歳まで生きても必ず損する金融商品なのだ。

基礎年金を税にする最低保障年金を共同提案すべき

では何のために厚労省は厚生年金を適用拡大するのか。それは国民年金の未納率が半分近くなり、税金で赤字が埋めきれなくなったからだ。取りはぐれのない源泉徴収のサラリーマンやパートから保険料を取り、それを国民年金に流用するトリックを基礎年金勘定という幻の年金勘定でごまかしている。これは老人医療費の「支援金」と同じである。

つまり厚生年金の適用拡大は、今パートの手取りを減らすだけではなく、将来もらえる年金も保険料より少ない国営ネズミ講への出資者を強制するものだ。そのしくみをさらに拡大し、200万人も多くのパートを組み込むのが来年度の年金法改正である。このトリックは複雑なので、ほとんどの人にはわからないが、年金をもらうころになってわかっても遅い。

野党はこのネズミ講の拡大をやめさせ、基礎年金を税に置き換える最低保障年金を共同提案すべきだ。この案の欠点は、保険料を消費税に置き換えるので増税のようにみえることだが、消費税率を15%まで上げると約26兆円の基礎年金保険料を廃止できるので、低所得者の負担は軽くなる。

たとえば年収200万円の人がその70%を消費すると140万円。その15%を消費税として払うと年額21万円となる。これは国民年金保険料(年額20万円)とほぼ同じなので、年収200万円以下の人にとって最低保障年金は減税となる。これは財源の裏づけのある(税収中立的な)低所得者の大減税である。

今までこれは河野太郎氏だけが提案してきたが、玉木氏も共産党も(税の種類は違うが)賛成している。2012年に最低保障年金を提案した立民党の枝野氏も賛成するだろう。もちろんこれは国民年金を廃止する大改正なので容易ではないが、野党が法案を決められる新しい国会で、最低保障年金の検討を共同提案してはどうだろうか。