ガストのフレンチは「ハレの日」需要を取り込めるか

「ガストはただ安いだけ」「何ら新しいものを生み出していない」

すかいらーく創業者 高倉町珈琲会長 横川竟
(『外食はやっぱり楽しい 』/フードビズ編集部 より)

このように断ずるのは、すかいらーく創業者の横川竟氏だ。

すかいらーくが進化を続け、おいしい料理を提供し、「楽しい店」になっていれば、ガストに変える必要はなかった、と言う。

横川氏の言う「楽しい店」への布石となるのだろうか。ガストが、フレンチメニュー『至福のフレンチコース』を期間限定で提供する。

『至福のフレンチコース』
すかいらーくホールディングプレスリリースより

ガストのフレンチ

焦がしバターの風味が香ばしい北海道産のホタテ。ビーフ100%のハンバーグを引き立てる特製ペリグーソース。ミシュランガイド一つ星を5年連続で獲得した進藤佳明シェフが監修したメニューは、ファミレスとは思えないほどクオリティが高い。

だが、話題となっているのは品質ではなく価格だ。税込み1990円という価格に消費者が反応したのである。

「ガストにしては高い」
「フレンチにしては安い」

このメニューをブランドとして見るか。それとも、商品として見るかにより、評価は変わる。「教科書的」にいえば悪手だ。ご存知の通り、ガストは低価格を強みとする飲食店である。そのブランドイメージが崩れるからである。

だが、意識的にブランドイメージを変える、ということであれば話は異なる。ガストは、24年4月に値上げを行っているが、客数は減らしていない。この機会に、話題性を喚起し品質の高さを訴えたい。「記念日でも使える」というイメージを定着させたい。そんな思いがある。

すかいらーくホールディングの平野執行役員は以下のように述べる。

「『ハレ需要』を楽しみたい客に対し、一つの体験を提供できる」

皮肉なことに、かつて「ハレ需要」を満たしていたのは、ガストの前身「すかいらーく」である。

ビフォアーガスト・アフターガスト

「1970年代くらいのファミレスが始まった頃は、ちょっとハレの日で、『よし、お父さんが飯を食いにすかいらーくに連れて行ってやるぞ』みたいに言って」

これがゼンショー流の成り上がり術だ ゼンショー・小川社長が語る経営哲学 | 東洋経済オンライン

ファミリーレストラン「ココス」を運営するゼンショーホールディングスの小川社長は、当時の状況をこのように語っている。

小川社長がココスを買収した2000年頃、すでにファミレスは、「ハレの日」に行くものではなく「ケの日(普段の日)」に行くもの、レストランではなくカジュアルな飲食店へと変貌していた。変貌を加速させたのが、ほかならぬガストだ。例えば、ドリンクバーやコールボタンの導入である。

ご記憶だろうか。ガスト出現以前のファミレスでは「コーヒーのお代わりはいかがですか」と従業員が回っていた。今や、客が自分で飲み物を取りに行くドリンクバーが当たり前となっているが、これを日本で最初に設置したのはガストである。

コールボタンも同様だ。当時は導入に否定的な意見が大半だった。「お客様が何を望んでいるのか、従業員が自ら気づくべき」という考えが根強かった。

だからこそ、

「お決まりの頃、伺いに参ります」

という言葉が多用されていたのである。

これを、ガストはコールボタン導入により、

(決まったら呼んでください)

に切り替えた。提供するサービスを、プッシュ型からプル型に切り替え、人の手間を大幅に減らしたのである。

結果、価格を380~580円に抑えることに成功し、ガストは「高コスパ」飲食店の代名詞となった。その後、配膳ロボットやセルフレジ・テーブル決済などを導入し、ますます人手を減らしていく。

すかいらーくホールディングプレスリリースより

QSCAとは

今回のフレンチコースは、この流れに逆行するものだ。メニューの説明。食事の進み具合に応じた給仕。これら慣れない業務は従業員にとって大きな負担となる。接客は研修で対応できたとしても、再現できないものがある。雰囲気だ。

飲食店にはQSCAという指標がある。Quality(品質)、Service(サービス)、Cleanliness(清潔感)。最後の「A」がAtmosphere(雰囲気)、いわば店のムードである。

テーブルの横を通過する配膳ロボット。メニューの説明に混じる学生グループの喧噪。フレンチを楽しめる雰囲気とは言い難い。このコースはフレンチというよりも、ガストメニューのグレードアップ版、つまり従来の「高コスパ」商品の一つとして受け止められている。雰囲気づくりは一朝一夕にはいかないのだ。

ファミレス市場は緩やかな縮小傾向であり、専門店化も進んでいる。そんな中、現執行役員のいう「ハレ需要を楽しみたい客」を獲得できるか。創業者のいう「楽しい店」を構築できるか。我々が見ているのは、変容する時代を生き延びようともがく、古い業態の姿なのかもしれない。

高原リゾートの珈琲店をイメージした専門化業態『むさしの森珈琲』
すかいらーくホールディングス プレスリリースより

【参考】
ガスト初カジュアルフレンチ『至福のフレンチコース』発売|株式会社すかいらーくホールディングス
・『外食はやっぱり楽しい 』フードビズ編集部
・『ファミリーレストラン』今柊二/著 光文社