トルコの存在感高まりは二項対立構図の限界を示す

一週間ほど前に、「エチオピア/ソマリアの調停で存在感を見せるトルコ」と題した記事を書いた。

エチオピア/ソマリアの調停で存在感を見せるトルコ
今年1月のエチオピアとソマリランドの間の協定成立以降、深刻な対立を見せていたエチオピアとソマリア連邦政府が、交渉を通じた解決を目指す合意を成立させた。来年2月からさらに具体的な協議を両国間で行っていくという。 トルコによる調停の結果だ...

その時の「アンカラ合意」の早速の効果として、エチオピアのソマリアからの撤退が白紙に戻ったことが、決まった。

エチオピアが未承認国家ソマリランドと合意を結んだのは、今年の1月だった。その合意によれば、ソマリランドがエチオピアに海へのアクセス(エチオピアの軍港)を保障する代わりに、エチオピアはソマリランドの国家承認を検討することになっていた。

これに対して、エチオピアはソマリアの主権を侵害していると主張し、ソマリア連邦政府が激しく反発した。合意を撤回しなければ、アフリカ連合の平和活動ミッションでソマリアに展開しているエチオピア軍の撤退を要請する、と主張した。

これを受けて従来からナイル川のダム問題でエチオピアと厳しく対立しているエジプトが、ソマリアに近づいた。エチオピアが撤退した後は、エジプト軍が展開して、来年1月からのアフリカ連合ミッションAUSSOMに参加する、と宣言した。

この事態の展開を見て、メディア(もちろん日本のメディアではそもそも何も報じられていないが)は、エチオピア軍の撤退と、エジプト軍の展開を、ほとんど決まったことであるように扱った。

ただ、私が11月の現地調査などをへてソマリア人やエチオピア人に聞き取り調査をした限りでは、「まだ何も決まっていない」という意見が大勢を占めていた。というのは「エチオピアの代わりをエジプトが務められるはずはない」と誰しもが思っていたからだ。

エチオピアは2006年にソマリアに単独軍事介入してから、20年近くにわたってソマリアに展開し続けて、テロ組織アルシャバブと戦い続けている。突然エジプトがソマリアに来ても、その代役を務められるはずはない、ということであった。また、エチオピアも、ソマリア情勢の行方に重大な関心を持っているので、容易にはソマリアと縁を切れない、ということであった。

この「体感」をふまえて、エチオピアとソマリアの間の調停役になったのが、地中海の権益に強い関心を持ち、その延長線上で紅海沿岸からアフリカの角にかけても権益を見出すトルコであった。

Orhan Turan/iStock

「アンカラ合意」の内容を見ると、エチオピアはソマリアの領土的一体性を尊重し、ソマリアはエチオピアの海へのアクセスを保障する、という両者の言い分をそのまま取り入れたものになっている。現在のATMISがAUSSOMという名称の新しい国際平和ミッションに衣替えになる1月1日の期限をにらんで、とりあえず両国が衝突を避けて現状を維持するために大枠の合意をするための時間が残り少なくなったところで、タイミングよくトルコが調停に入った。

特に奇抜なアイディアを出したわけではない。両国に対して比較的中立的だが、地域に強い関心は持っているトルコという国が、タイミングを見極めて、調停を行っただけだ。調停において重要なのは、タイミング、そして仲介者の性格である、という「紛争解決論」の洞察を再確認するような出来事であった。

「アンカラ合意」の効果として、ソマリアにおけるエチオピア軍の残留が決まったことで、急激なアルシャバブの勢力拡大といったシナリオの可能性は減退した。火種は残ったままなので、長期的な安定が確保されたとまでは言えない。しかしシリアの政変で影響力を高めたトルコが、アフリカでも影響力を高める流れをアフリカ諸国も(警戒心を持ちながらも)歓迎していることが、強く印象付けられた。

アルシャバブはイエメンのフーシー派と密輸を通じた関係を持っていると指摘される。言うまでもなく、フーシー派の後ろ盾は、シリアのアサド政権の崩壊で痛手を負ったイランである。アサド政権下のシリアで、イランは、トルコと敵対的な関係の構図にあった。

シリアでアサド政権を見限ったロシアにとって、リビア東部のハフタル将軍のLNAとの関係が重要になった。もともとシリアを経由しなくても、地中海を縦断してリビアに到達できれば、他のアフリカ諸国との間の陸上輸送路が確保される。問題は、LNAとリビア首都トリポリを実効支配するGNA暫定政権との勢力関係だ。GNAの最大の後ろ盾は、トルコである。

ロシアとイランは歴史的な蜜月関係を維持しているとして、そこにトルコが各地で対立的な構図を伴って関わってくる。しかしそれは全面的な対立ではない。ロシアの欧米諸国との対立、そしてイランのイスラエルとの対立のほうが、より本質的である。そしてトルコのエルドアン大統領は、NATO構成国でありながら欧米諸国に批判的なコメントを繰り返し、イスラエルを非難する立場を取り続けている。

この情勢の中で、アラブ諸国は、曖昧な立ち位置をとっている。エジプトをはじめとするアブラハム合意派のアラブ諸国は、イランやトルコよりは、イスラエルにまだ近いかもしれない。しかしガザ情勢をふまえれば、容易にはイスラエルに近づきすぎることはできない。シリア領内で確固たる存在感を持つクルド人の親米的であるがゆえにイスラエルにも近い立ち位置は、微妙な要素である。

中東から東アフリカにかけて(これを「紅海沿岸地域」として括る概念構成もある)、地域情勢は複雑化している。確実に言えるのは、単純な二元的な対立構造ではないことだ。

日本人は、冷戦ボケでもしているかのように、「米中対立」あるいは「欧米諸国対グローバルサウス」といった単純な二項対立の図式で、国際情勢を理解しようとしてしまいがちである。だが、たとえばトルコの存在感の高まりを見るだけでも、そのような二項対立論で情勢を読み取ることが不可能な地域は、世界に多々あることがわかる。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。