人にはそれぞれ夢があるし、願い事があるものだ。若ければそれだけ多くの夢、願い事をもつ。ところで、今月20日に大統領就任式を迎えるドナルド・トランプ氏は現在78歳で、任期中に80歳の大台に入るが、そのトランプ氏にも「願い」があるのだ。高齢者の戯言といって軽視しないで、同氏の願いを検証してみたい。アルファ型性格のトランプ氏らしく、願い事は1つではなく、「5つの願い」なのだ。
先ず、トランプ氏の5つの願いを羅列する。
- デンマーク領のグリーランドを領有する。
- パナマ運河を米国の管理下に置く
- カナダを米の51番目の連邦州に併合する
- メキシコ湾を「アメリカ湾」に改称する
- 北大西洋条約機構(NATOの加盟国の軍事費をGDP比で5%にアップ
上記の5つの願い事を見て、「これは凄い」と感動する人や政治家は少数派だろう。ブリンケン米国務長官は8日、訪問中のパリで「実現する可能性はない」と一蹴し、「このようなこと(戯言)に時間を費やしている時ではない」と述べている。
トランプ氏の願い事に冷たいのは、ブリンケン国務長官が民主党のバイデン政権に所属するからではない。多分、ほとんどの政治家はブリンケン長官の意見に同意するだろう。正直言ってトランプ氏の5つの願い事は近い将来、「実現する可能性はほとんどない」からだ。
トランプ氏の5つの願いを知ったノルウェーの日刊紙アフテンポステンは「トランプ氏はロシアのプーチン大統領とそっくりだ」と報じていたが、他国の主権を無視し、米国の国家安全の強化のために他国の領土を領有、併合するという発想はプーチン氏と同様、帝国主義的な政治と指摘されても仕方がないだろう。
デンマークの国王フレデリック10世もトランプ氏の関税政策の犠牲となったカナダのジャスティン・トルドー首相もトランプ氏の提案に対して怒りを爆発するというより、あきれ果てて言葉を失う、と表現したほうが適切だろう。デンマークもカナダもNATO加盟国だ。その両国の領土を願う米国も同じ加盟国だ。
パナマ運河の米国管理下構想は明らかにトランプ氏らしい経済的発想かもしれない。トランプ氏はパナマが抵抗するならば軍事力を行使しても・・とまで言い切っている。軍事的強迫だ。また、「メキシコ湾」を「アメリカ湾」への改称要求に対しては、メキシコ初の女性大統領シェインバウム大統領は8日、記者会見で17世紀初頭の古地図を持ち出し、北米大陸という呼称を「メキシカン・アメリカ」に改名したらどうかと、逆提案している。
NATO加盟国の軍事費負担問題では米国を除いた加盟国31カ国で強い反発の声が挙がっている。ただドイツの「緑の党」のハベック副首相(経済相)は「GDP3.5%」に引き上げるという妥協案を提示しているが、ドイツ国内ではハベック経済相の案に対しても強い抵抗が出ている、といった具合いだ。
以上、駆け足でトランプ氏の「5つの願い事」に対する反応、評価をまとめてみた。その結果、これまた想像されたことだが、いずれもネガティブだ。
問題は、なぜトランプ氏は7日、就任式を2週間余りに控えた段階で「5つの願い」を発表したのかだ(5つの願いは同時に公表されたものではない)。ブリンケン国務長官のように「実現できないアイデア」で済ますこともできるが、それだけだろうか。
なぜトランプ氏はグリーン島の領有に拘るのか。トランプ氏は政治家前は不動産業で資産を積んだこともあって、魅力的な不動産(領土)をみればビジネス魂が疼くのかもしれない。グリーン島周辺には天然ガス、石油のほか貴重なレアメタルが埋蔵されているといわれる。その地下資源を狙って、米国以上にグリーン島に手を出しているのが中国共産党だ。手を拒めていると、グリーン島の地下資源は中国の手に落ちてしまう。トランプ氏の息子が7日、旅行という名目でグリーン島を訪れているが、もちろん、単なる旅行ではなく、近い将来の領有に向けた現地視察ではないか。
パナマ運河の場合もそうだ。米商船の通過料を安くするためのパナマ政府とのディールの手始めではない。パナマ運河の湾岸施設には香港企業が既に進出しているのだ。トランプ氏が国家安全政策のためにもグリーン島を米国が領有し、パナマ運河を米国管理下に置きたいというのは、中国の進出を抑えるという戦略的狙いがあるはずだ。
問題はそのやり方だろう。軍事力を行使しても・・となれば同盟国ばかりか国際社会もトランプ氏を批判するだろう。トランプ政権の外交手腕が問われてくるのだ。明確な点は、大統領就任式前の「5つの願い」発表は関係国、特に、中国への警告という狙いがあったはずだ。
いずれにしても、トランプ氏の発言が非現実的で矛盾に満ちていたとしても、トランプ氏が第2次政権のメインテーマとしている「中国の野望阻止」という観点から見た場合、その発言の核心が浮かび上がってくる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。